(――しまった)

 つい自分のことを僕と言ってしまった。変に思われてしまっただろうか。

「……すいません、その」

「――いえ、海野さんが言っていたことの意味が改めてわかりました。大丈夫です」

 串矢さんの言葉に、今度はこちらが困惑してしまう。

(海野さん、って雪子さんのことだよな? 雪子さんが言っていたこと……雪子さん、僕のことをどんな風に話したんだろう)

 雪子さんのことだから、悪いことを話したわけではない、と思いたい。それにもし串矢さんが僕に対して悪い印象を抱いたのなら大丈夫とは言わないはずだ。

「……そうだ、お嬢さんはどちらに?」

 強引だとは思ったが、今はできるだけ早く話題を変えたかった。僕の質問に串矢さんは、

「……娘は、自分の部屋にいます」

 と答えた。

「挨拶をさせてもらってもいいですか?」

「……はい。ただ、その、今のうちに謝っておきたいのですが、きっと娘は――真奈は、笹岩さんに失礼な態度を取ると思います。私や、主人に対してもひどい態度で、もう本当にどうしていいのか……」

 串矢さんはそう言うと僕が見ている前で目を伏せ、鼻をすすり始めた。母親にここまで言わせるとは、串矢さんの娘さん――真奈さんは、余程気難しい子なのだろう。不安と緊張で胃がキリキリと痛む。だが、引き下がるわけにはいかない。

「お力になれるかどうかはわかりませんが、できる限り努力します。お嬢さんに――真奈さんに会わせてください」

 僕がそう言うと、串矢さんの表情が少し和らいだ。

「……はい。どうか、どうかよろしくお願いします」

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