四 照魔の鏡

 待ち合わせ場所であるブッフェンバウムに着くと、佐治さんは最早見慣れてしまった、呆れているような、諦めてしまったような顔で僕のことを待っていた。

「――待たせてすいません」

 そう言って僕は佐治さんの斜向かいの席に座った。テーブルには空になったコーヒーカップが置かれている。待ち合わせの時間には間に合ったはずだが、どうやらある程度長い時間待たせてしまったらしい。

「……体、もう大丈夫なの?」

「あ……はい、大丈夫です」

 意外だった。てっきりコーヒーを飲み干してしまうほど待ったことに対する文句を言われるものだと思っていたから。

「そう……で、なんでいきなりアタシのことを呼び出したりしたわけ?」

 佐治さんの蛇のような鋭い目。それが僕にまっすぐ向けられる。だがその目で射竦められるのは過去の僕だ。決して今の僕ではない。

「――限界なんです」

「……限界って、何がよ?」

「トカゲに好き放題にされるのが、です――だから、教えてください、あいつらを殺す方法を」

 トカゲを、あの常軌を逸した化け物達を殺す術が知りたいと、そう尋ねる僕は一体どんな顔をしているのだろうか。もしも今鏡を見れば、そこに映っている顔を僕は一度として見たことがないに違いない。

 佐治さんは一瞬驚いたように目を見開き、そして深々と溜め息をついて言った。

「……ま、なんかあったんでしょうね。言わないでおこうと思ったけど、アンタ顔つき変わってるし」

「――はい」

 内には怒りがある。自分自身すら不確かだった僕の内側に生じた鮮明なもの。蹂躙してきたものを、逆に蹂躙してやりたいという確かな感情が。

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