ビべリダエは僕のアパートの徒歩圏内にある。よって、何か用事があれば簡単に立ち寄ることができる。店のドアを開けると、雪子さんはいらっしゃいませ、と言いかけたが、入ってきたのが僕だとわかると挨拶をやめて駆け寄ってきてくれた。

「楓ちゃん、どうしたの? 何か困ったことでもあったの?」

 店の奥にいた猛さんも休みなのに突然店に来た僕のことをなんだなんだと見つめている。このまま心配させるのも悪いので、僕は早々に店に来た理由を話した。

「大したことじゃないんです。ちょっと花屋さんに寄る機会があって、それでせっかくだからビべリダエに飾る花を買ったんです――雪子さん、この花を飾ってもらえませんか?」

 僕はそう言って、手の中の小さなブーケを雪子さんに見せた。雪子さんはブーケを見ると、ただでさえ大きな目を更に見開いて、

「まぁ、わざわざ買ってきてくれたの!? 楓ちゃんありがとうね。早速飾らせてもらうわ」

 そう言うと雪子さんは僕の買ってきたブーケを解体して、花瓶に飾る準備を始めた。その様子を眺めていると、

「楓ちゃん、せっかく花を買ってきてくれたんだ、コーヒーを一杯ごちそうするよ。飲んでいきなさい」

「いえ、すぐに帰ります。お店が営業中なのに、突然来てしまってすいませんでした」

 僕がそう言うと、猛さんは困ったように笑った。

「気を遣ってもらうのはありがたいけど、そもそも楓ちゃんのことを迷惑だなんて思わないよ。この時間は元々ほとんどお客さんが来ないし、そのことを楓ちゃんもわかってたんだろう? いいじゃないか、一杯くらい」

 そこまで言ってもらっては断る方が逆に気が引ける。僕は猛さんの厚意を受け入れることにした。

「……それじゃ、一杯だけ。ありがとうございます」

 僕がそう言ってカウンターに座ると、猛さんは嬉しそうにコーヒーをいれる準備を始めた。

『――私にも一杯もらえるかな』

 すぐ側で声がした。声は中性的で男性なのか女性なのかわからなかった。声の主は僕の隣の席に座っていた。

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