どきどきスクールライフ!? ①


 チチッと小鳥のさえずる声が聞こえてくる。窓から差し込んでくる朝日と清々しさを濃縮した空気を感じながら……ベッドの上で悶えた。


「わをぉおお……」


 全身がギシギシ言ってる。筋肉痛とか久々すぎて、どう対処すればいいか分かんない。


 しかも四足で動いていたせいか、今まで経験したことのない箇所が悲鳴を上げてる。主にお尻とか背中とか、後は尻尾のつけ根とかな。ホントどないせいっちゅうねん。


 昨日はあれからマジでヤバかった。ゼタさん、手加減とか全然してくれないんだもん。


 何度ボールを体で受け止めたことか……幸い柔らかい作りだったから痣になるとかはしてないけど、体よりも心へのダメージが凄かった。


 特に顔面へ直撃したときは、ヨヨヨッって感じに座り込んでしまった。


 ……継母にいびられる灰被りのお姫様はあんな気持ちだったのかもな。


 いや、別にゼタさんがいじわるであんなことをした訳じゃないのは百も承知だけど、それとこれとは別問題なのだ。


 パァンッ! ってすげぇ音を立てて頬に突き刺さる衝撃が、なんか精神を痛めつける効能とかあるんだろうな、きっと。ビンタが効くのと一緒だよ。


 でも、それも昨日の話。今日はやらないってゼタさんにもリィルにも確約をさせてきたから、今日は気の済むまで堕落の限りを尽くしてやるんだ!


 ふふふ、ワタシは今決めたぞ。今日は絶対にベッドの上から起き上がらないってなぁ!


 ……トイレだけは勘弁してやろう。


 さすがにワタシもボトラーの経験はないから、自分が使ってる部屋をアンモニア臭くするのは抵抗がある。


 まぁ、そこだけな! そこだけは譲ってやるよ。でも、それ以外じゃ絶対に動かないから!


「見せてやるよ……ワタシの堕落力をぉお痛ったぁ!」


 決意に固く拳を握り締めて突き上げたら、背筋がビキッてなった。


 くっそぉ。決意するまでもなく、これはマジで運動とか以ての外だな。


 まぁ、これで心置きなくゴロゴロできる理由が作れたから、怪我の功名ってやつ、


「おはようございます、イディちゃん。さっ、今日も元気にいきましょう!」


「塩持ってくるだけなら分かるけど、傷に塗りこむのは違くない?」


 何の前触れなく開かれたドアから颯爽に登場したゼタさんは、いつもの軽鎧を身にまとってワタシを見下ろしてくれた。


 これは本当におかしいでしょう。だって昨日の敵は今日の友って言うじゃん。よしんば今日もまた敵だったとして、弱った相手に朝駆けとか、それは鬼畜の作法ですよ。


 武士の戦い方じゃあない! 空師ですもんね、知ってた!


 だけど、塩を頂戴とは言いませんから、せめて正々堂々と尋常に立ち合いを所望したい。


 まぁ、ワタシは立てないんですけどね。


「なんですか、ゼタさん。今日はやらないって昨日約束したじゃないですか!」


「ええ、ですから体を使った訓練はしません。今日行うのは座学です」


「座学ぅ?」


 こくんとゼタさんが頷いて見せるけど、ワタシとしては体勢的にもまんまの意味で寝耳に水で、疑問符が浮かんで仕方ない。


「座学って空師についてのですよね? それも頂上に登った空師として、必要最低限の実績というか実力みたいなものとして必要なんですか?」


「もちろんです。そもそも空師にとってアーセムを登るのはできて当たり前のことです。アーセムを登った先で何かをなして、初めて空師と名乗れるんですよ。

 その何をするかは人それぞれ違いますが、イディちゃんの場合はアーセムに登れないのに、その前提条件を飛び越えて成果だけを持ってる状態な訳です」


「それは散々聞かされたので分かりますけど、それがどうして座学に繋がるんですか?」


 別に今さら空師としての理念とか知識を聞かされてもなぁ。凄いとは思うんだけど、ワタシは別に空師として身を立てていく気はさらさないし……何よりワタシはヒモになることを諦めてないからなッ!


 可能な限りワタシを労働へといざなうものからは距離を取りたいのが正直なところ。簡単に動かされるとか思わないでいただきたい!


「以前、揺り籠を訪ねたときに聞いたと思いますが、空師の職に就く人は皆、一度『学校』に通うことが義務づけられています。

 この『学校』に在学中に空師としてのイロハを学ぶのですが、その知識と一緒かそれ以上に大切なのが『卒業証書』です」


 不動の意思を込めて、カッと目を見開いてゼタさんを見つめたけど、当の本人には気づいてもらえてない様子で話を進められた。


 ……別にかまってもらえなくて寂しいとか、そんなこと思ってないんだからッ!

 まぁ、それは置いておくとして、『卒業証書』とな?


「それって、貴方は学校での全過程を修了したことを認める、とかそんなやつですか?」


「その通りです」


「でもそれって、言っちゃえば建前みたいなもんですよね? どうしても必要なんですか?」


「建前だなんてとんでもない! 通常ならこの卒業証書がなければ空師の認定を受けることはできないんですよ?」


「をぅ?」


 どういうことだ? リィルから聞いた話じゃ、空師になることそのものはそんなに難しいことじゃなくて、協会に登録さえしちゃえば誰でも名乗れるって言ってた気がするんだけど、違うのかな?


「つまりですね。卒業証書は、空師の資格を得るための資格のようなものなんです。ですから先ほど言った、すべての空師は学校を卒業してるというのは順序が逆で、学校を卒業したからこそ空師への一歩を踏み出すことできるんです」


 あ~、なるほど。少しだけ見えてきた。


 つまりリィルが言っていたのは、アーセムの上に登って何をしてても空師を名乗ることはできるって話なんだな。


 空師を名乗るのに重要なのは、仕事としてアーセムで何をしてるかじゃなくて、アーセムを登る技術と知識があることなんだろう。


 それを保証するのが『卒業証書』で、空師の『等級』はあくまでもどこまで登っていいのかを示す『通行書』みたいなものなんだ。


 だから空師の資格より先に卒業証明書が必要と、なるほどね。


 きっと、リィルがそこら辺の話をしなかったのは、リィルの中で学校を卒業するのは当たり前すぎることだからはしょってしまったんだろう。


「ふーむ……うん? ってことはワタシってどういう扱いになってるんですか?

 ワタシは『特級』っていう空師の資格は貰ってますけど、卒業証書は貰ってないですよ?」


「そこです!」


「をぉう!?」


 ズイッと、急にゼタさんが覆い被さるみたいに詰め寄ってきたので思わず声が出た。


 ワタシたちの体勢的に、自然とベッドに押し倒された瞬間みたいな構図ができあがって、すぐ目の前までゼタさんの顔が迫ってくる。


 不思議なことに、こっちの世界に来てから二足歩行の犬やら猫っぽい人種を見ているせいか、自然とその顔立ちにも自分なりの美醜を見出すようになっていて、ゼタさんの顔はまさにイケメンの類に見える。


 その顔がキスできそうな距離にあることに、心臓がジャンプしてるみたいにドキドキした。


 絶対にワタシの顔は赤く染まってるんだけど、ゼタさんがそれに気づいた様子は少しもない。


 なんか悔しい気もするけど、これに気づかないからこそのゼタさんなんだろうなぁ……。


 オロアちゃんはこういったのを積み重ねられて、あんな風になってしまったんだろうな……なんて罪深い。


 というか……この体勢ってリィルに見られたらヤバくない?


 ま、まぁ、リィルはもう仕事場の方に行ってるはずだし問題ないでしょ。


 一人で馬鹿みたいに顔を赤くしたり青くしたり忙しくしているのに、ゼタさんはまるでそんなことは気にしていない様子で悠長に話を続けた。


「さっきも言ったように、イディちゃんの場合は全部の順序が逆になってしまってます。特例ですから仕方ない部分もありますが、今からでも整合性を取れる部分はしっかりやっておく必要があるんです」


「えっと……つまり?」


「つまり! ――イディちゃんには学校に通ってもらいます!」

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