102 魔法・魔術ってな~にぃ?

 まぁ、入るだけの容量がないだけなんですけどね。


 とりあえず、足らない頭なりにさっきの話をまとめてみると、この世界には魔力という名の燃料エネルギーが充満していて、多くの存在がそれを扱うための何かしらの道具を身につけていると……ヤバくないですかそれ。


 いやいやいや、どんな世紀末だよッ!?


 言ったら、みんなが常に武器を携帯しているみたいなもんじゃないですか!


 殺伐、すごく殺伐! どこのアメリカ……考えたら、これ元の世界じゃあ普通のことでしたね。つまりファンタジーは幻想であったと、夢のない話だな。


 しかも、無機物にまで魔力が宿るということは、地面の土とか石とかにも当然含まれているということで、信管はないけど誰でも起爆できる爆弾の上を歩いているのとそう変わらないから、もしかしなくてもアメリカより酷いんじゃあなかろうか?


 冷静に魔法なんてものがある世界を考えてみれば、気がつかない方がおかしいくらいだなこれ。ファンタジーには逸般人いっぱんじんしかいないんだな……。


 まぁでも、ここの世界じゃあ昔からこれが通常の状態って考えれば、そこまで大慌てで騒ぎ立てるようなこともないのかもしれない。


 ん? そうすると、さっきの魔力が急激に膨らんだという話は何が驚きに声を上げる程の危機感を煽ったんだろう? 


 魔力はどこにでもあって、この世界のほとんどの人はそれをいつでも扱える術を持っている。そうなると、魔力が使われることは日常な気がする。


 リィルとかゼタさんの話を聞いた感じ、街中でも普通に魔法が使われてるぽかったし……。


 う~む。


「えっと。多くの種族は魔力を扱うための器官を身体に備えていて、魔力という燃料がそこら中にあるんだったら、街中で魔力が膨れ上がっても、そこまで不思議ではないのでは?」


「確かに仰る通りです。魔力というのはいたるところにあり、あらゆる物質に含まれています。そして皆、その燃料を日常的に使用し、消費しています。

 その魔力が消費されたというだけなら何も問題ありません。しかし、今回の場合、先程の言葉通り急激に膨らんだのです」


 ワタシの困り顔に少し落ち着きを取り戻したタタタさんは居住まいを整えて続けた。


「お分かりの通り、魔力には種類がございます」


 お分かりなっているはずがないじゃないですか、やだなハハ。


「自身に宿っている魔力、これをイドと呼びます。自分以外の他者や鉱物、空気などに含まれている魔力をオドと呼びます。

 魔法や魔術の基本は、イドを使用してある特定の現象を引き起こすこと、より高度なものになるとイドを使用してオドに干渉するものなります」


「えっ、魔法と魔術は違うものなんですか?」


「はい、異なります。魔術とは学術として魔法陣や式を使うなどの体系化されたもので、誰が使用しても同じ効力が期待できるものを指します。対して魔法は、そういった体系化がされていないものを指します。

 どちらも長所短所が存在しますが、個人で主に使われているのは魔法です。その理由は、魔法というのはいわば個々人に合わせて調整した魔術だからです」


「加えると、もともとはある特定の存在以外では行使できない魔術を魔法と言い慣わしておったのだが、時が進むにつれて、個人が自分に合わせて既存の魔術を変質させたものも魔法と呼ぶようになったのだ」


 ふーむ。なんか既製品とオーダーメイドの違いって感じだな。使用用途は同じでも使い勝手が違うとか、そんなところだろう。


 いやどっちかって言うと、『リアルぼくのかんがえたさいきょうのまほう』かな?


「もちろん、魔術にも利点は存在します。たとえば、火をつけるだけ、などの単純なものを考えていただければご納得いただけると思います。

 この行為の結果に大きな差が求められない、むしろ誰が行っても同じ結果が求められます。故に、その現象を起こすには工程を可能な限り簡略化した魔術の方が、費用対効果が高いのです」


 ふんふん。日常生活では魔術の方が重宝されて、アーセムを登るとか戦闘なんかの非日常的な行為には魔法が重要になってくる感じか。


「安定性が重要視されるものの多くは魔術となっています。そういう意味では、魔術の方がより洗練された技術であると言えるかもしれません」


 タタタさんは一通り説明し終えて一区切りといった様子で息をついたが、すぐに表情を引き締めなおした。


 そこにはこれから語ることの重大さを如実に表れているように見えて、ワタシも知らず知らずのうちにゴクリとつばを飲み込んで尻尾を固く尖らせていた。


「しかし、先程お話しした現象。……これは、魔法でも魔術でもなかったのです。いえ、魔力が使用されている以上、魔法か魔術であることは間違いないと思うのですが……少なくとも、既存の技術ではありえないものでした」


 眉間にキュッとしわが寄り、その可愛らしい顔に深刻さが滲んだ。


 そんな、もしかして芯に鉄を使ってる? って訊きたくなるくらい真剣な眼差しを向けられると、別に睨まれている訳でもないのに、ゾクゾクと震えが腹の底から上がってくる気がする。


 そういえば、真剣マジとマゾって響きが似てるよね。いや、これはただの感想だから。けして自分より小さい子に貫くような視線を向けられて、喜んでしまう特殊な性癖に目覚めたとかそういうことはない。


 ――ただ、強者の視線には敏感なんでな。自然と身体が反応しちまうのさ。


 オラ、わくわくすっぞ! へへっ……さて、どう媚びへつらったもんかな。


 幼児が犬を愛でるとか、絵面的に可愛さしかないからな。なんの問題もない。


 だけど、まだその時じゃない。むしろ、そんな時は来ない。鎮まれワタシの全身全霊!


 とにかく、勝手に反応しそうになる性根を抑え込んで、可能な限りタタタさんの視線から逃れないで正面から受け止めるように努めた。


 どうやらワタシの心が伝わって、いやこの場合は伝わってないんだな、いいことだ。とりあえず、ワタシの顔が直視に堪えないってことはないようで、タタタさんはそのまま話を続けた。


「魔力を使った高度な技法の中に、イドを使用してオドに干渉する、というものがあるのはお話しした通りです。

 しかしこの技法は、空気や鉱物など意識の弱く、思考が曖昧な存在のオドへの干渉が基本となります。

 自意識のしっかりしている動物や人といった存在は、干渉を受けた時点で無意識のうちに反発するため、反発をねじ伏せる、またはすり抜けるなどの対抗策が必要となるのです。それだけ、とても難易度の高い技法となります」


 心なしか、タタタさんのワタシを見つめる視線が鋭くなっているように感じる。これはいったい……ハッ! まさか……ッ!? ワタシの本性に気がつかれたのか!?


 ……いや、違うみたいですね。でもそうすると、どうしてワタシはタタタさんから問い詰めるような目で穴が開かんばかりに見つめられているのだろう……?


「そして、イドを使用してオドに干渉している以上、干渉された側のオドそのものに、なんらかの変容が起こります。別の色同士を混ぜ合わせるように……。

 どれだけ技術が卓越していたとしても、この法則から逃れることはほぼ不可能です。その法則から外れた技法を行使可能な存在を無理に見繕うならば、それこそ神やそれに近しい存在ぐらいなものでしょう。

 そのような存在はそうそういるものではございません……本来であれば」


 タタタさんが先程から一度も視線をワタシから切っていない。なんなら瞬きすらしていない。


 艶やかな黒髪は空を覆う夜のとばりのようで、その下で星のように輝いて見える瞳は、まるでどんな小さな変化すら見逃さんとする、探偵それだった。


「確認したところ。魔力の急激な膨張の元は……まさにその時に結婚をして、オークの嫁となったばかりの、ドワーフの娘が行使した魔法でした」


 タタタさんの言葉に、脳裏でパチンッと火花が弾けるような感覚があった。


 んんん? ドワーフの娘、結婚、オークの嫁……はて? そういえば最近、何やら似たシチュエーションを体験したことがあるような……ハッハッハ、いやまさかね。


「他者の幸運を願うまじないの類の魔法……おそらく、自身の結婚式に立ち会ってくれた親族や参列者に対して、心ばかりの返礼だったのでしょう。

 起きる効果としても、晴れやかな気分が続くことや失せ物が見つかるなどの些細なものでした。いえ……


 えっ? 待って待って、この流れって……そういうこと?


「――実際に行使された魔法は似ても似つかぬもの。……人生の最後を、孫に囲まれて眠るというものとなっていたのです」




 ――Oh……。

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