69 人じゃなくて犬だから


「それで、どういう状況なんでしょうか? 色々理解できていなくて、こんがらがっているんですけど。

 えっと、さっきの『マレビト』がどうとか、そういうとこも含めて……」


 机を挟んでソファーに腰かけ、なんだか訳の分からないうちにワタシが代表みたいな立ち位置に追い込まれてしまって、アーセリアさんたちとお話しすることになってしまっていた。


 アーセリアさんの背後では、護衛の二人が両脇を固めるようにソファーの向こう側で直立不動のまま待機しており、バルッグさんはワタシたちの仲立ちをするみたいに、机の脇に置いた椅子に腰かけている。


 ワタシの両脇には未だに顔色の良くないシュシュルカさんと、警戒の色を強く残しながらもどこか落ち着きのない様子のリィルが座り、ゼタさんはバルッグさんと対峙するように反対側の椅子に腰かけながら、不服そうに頬を膨らませてバルッグさんと目が合わないようにそっぽを向いていた。


 自分が何もできないまま、穏便にのされたことが悔しいのは分かるけど、その態度は如何なもんでしょうかね。


 主にこれから矢面に立つワタシの胃が、矢に当たる前から穴だらけになりそうですよ、ゼタさん。


 ホント、こんな幼女の細い肩にそんな重荷を乗せていいと思ってるんですかね。


 ――へへっ、潰れちまっても知らねーぜ?


 もうそれだけでもワタシのメンタルがSAN値チェック送りになっているっていうのに、アーセリアさんたちときたら、部屋に入って、さぁ話し合いましょうとなった最初に、ソファーに座らずに地面にひざまずこうとするもんだから、慌てて反対側のソファーに座るよう説得しなくちゃならなかったし。


 ――人を見下して話をさせようとするなんて……、調子に乗ったらどうしてくれるんだ!


 これまでの人生、人に頭を下げることは数えることができないくらいやってきたけど、逆に頭を下げられるなんて……、これはワタシが消滅する前兆に違いない。


 それでなくても彼女たちからの最敬礼を受けてから尻尾が勝手に揺れて仕方なくて、これ以上の歓待なんて受けたら自分が犬であることまで忘れそう。


 野生も人間性もなくして久しいっていうのに、これ以上ワタシから何を奪おうっていうのッ!?


 本当に勘弁して下さい。


「トイディ様は、生まれのマレビト様でしたか。それでは、まず『マレビト』についての説明から致します」


 アーセリアさんが軽く咳払いを挟んでから話し始めた。


 それにしても表でリィルと話していた時と大分喋り方が違うのは、やっぱりキャラを作っていたってことでいいんですかね?


 あれですか、最近の異世界の流行りはキャラづくりだったりするんですかね?


 まぁ、そんなことを訊けるような雰囲気じゃないのは分かっているから黙ってるんですけどね。ワタシは賢いうえに犬ですから。つまり、偉くも怖くもないんで、だから再度敵対することだけは止めてくださいお願いします。


「大きく人族と分類される中には、代表なところで我々、森人族エルフ、バルッグ殿たち徒人族ヒューム岩人族ドワーフ小人族リンクル角人族オーガ緑人族オーク

 後はゼタ様やシュシュルカ様たちのような獣人族。彼らに関しては、あまりに種族の中での種類が多いので、まとめた呼び方は御座いませんが。

 それ以外にも水人族や海人族と呼ばれる水の中を住まいとする者たち、虫人族などもまとめた呼称はありません。

 他には翼人族ハーピュイなど、正確な数は分かっていない程の種類がおります。ここまでは宜しいでしょうか?」


「あ、はい」


 正直な話、いろんな種族がいっぱいいるってことしか理解できなかったけど、なんか話の腰を折れるような空気じゃないし、ワタシの心はすでに折れているから遮るなんてできなかった。


「長々と多数列挙しましたが、様々な種族がいるということだけご理解いただければ、大丈夫かと存じます」


 あっ、この理解で間違っていなかったですね。良かったです。


「先程挙げた種族たちは、それぞれ様々な身体的、魔法的特徴を有しておりますが、一つだけ共通している点がございます。それは、身体を構成するものが『人』である、ということです」


 まあ、だからこその『人族』でしょうしね。


(あれ?)


 ということは、ワタシを指している『マレビト』っていうのは、まさか……。


 ワタシの様子か、それとも別の何かからか、アーセリアさんはワタシが何かに感づいたことを察して、小さく微笑んで頷いた。


「お察しいただいた通り。『マレビト』と呼ばれる貴女様方は、その身体を構成するものから、根本的に『人』とは異なっておいでなのです」


 マジかよ。ここにきて人外認定を受けてしまうとは。やっぱりワタシは犬だったんだな!


 ……泣くこともできねーや。とりあえず犬らしく鳴くことだけは死守しよう。


「『マレビト』も生物であることは人族と変わりありませんが、生き物の法則がその起源からして異なっているのです。

 我々は自身の能力によって様々なことが行えますが、それはあくまで世界の法則に縛られたうえでの行いでしかありません。しかし『マレビト』様の場合、その法則そのものを変化させる、もしくは超越することができるのです。

 我々とは別の法則で動ける生物。別の世界を有しているお方。

 別の世界から我々の世界に御出でになった客人まれびとであり、滅多なことでは我々の前に姿をお現わしにならない稀人まれびと

 故に『マレビト』。そう我々は御呼びさせていただいているのです」


 ああ、つまりは刀で切られた時なんかで、普通に切れて血が出て死んでしまうのが『人族』であり、刀の方が折れてしまったり、そもそも刀じゃなくしてしまうような存在が『マレビト』であると、……それってなんてチート?


 アーセリアさんたちのさっきからの反応も納得だわ。そんな存在の機嫌を損ねてしまったら、どんな被害が出るかわかったもんじゃないし、止めるにしても受けている法則が違うんだから、物理的な拘束すら通じるかどうか分からない訳だ。


 ヤバ過ぎだろ『マレビト』。


「また、『マレビト』様は、我々とは違う法則、世界を有して御出でなので、魔法などの術を使用することなく、我々に様々な影響をお与えになるのです。

 それは、畏怖であったり、信仰であったり。その『マレビト』様によって異なりますが、トイディ様の場合、魅了、いえここまで強力ですと庇護でしょうか。そういった感情を想起させるのです」


 もう、本当に『人』の手じゃあ、どうしようもない存在なんですね。でも大丈夫、ワタシは『マレビト』である前に犬ですから、無害ですから!


 だから、そんな危険物に相対しているみたいな反応は止めていただけるとありがたいのですが、そんなことを言っても納得してもらえる筈ないし、仮に「あ、そう? じゃーさ、タメ口でいくわ。よろしくぅ」なんて急に態度を変えられても対応できないんで、犬が人語を解するなんてことは不条理でしかなかったんですね。


 ――大人しく心の中で鳴いて (泣いて)おきますわ。


「な、なるほど。うん。つまり、そもそも人間とは言えない存在であると。えっと、そうすると先程の『生まれ』っていうのは?」


「はい。先程ご説明させていただいたように、『マレビト』というのは別の世界、法則を有している存在を指しております。しかしそれは、本当にまったく別の世界から来たという意味ではございません。

 代表的な『マレビト』様を挙げさせていただくと、長き時を経て人化を行えるようになった竜、『竜人』様などがおりますが、こういった方々は長い年月をかけて人にお近づきになられた方々です。

 しかしトイディ様の場合、そういった後天的な術などによる変化ではなく、お生まれになった時から『マレビト』たる法則を有しているご様子。

 前者の場合を『上がりのマレビト』様。後者を『生まれのマレビト』様と御呼びしているのです」


 なるほどね~。うんうん、完璧に理解した。『マレビト』に関してはもうプロ級ですよ。なんだったら『マレスター』って呼んでもらって差し支えないくらいですよ。


 うん、本当に。なんかもう全部聞き終わっちゃった、て感じですよね。分かる分かる。これもうアレですよ。つまりはそう、もう時間稼ぎも話題反らしもできないから、本題に入れって世界の意思でしょうね。


 ――フッ。もってくれよ、ワタシの胃袋!!


「分かりました。ワタシ自身、自分のことについて分かっていないことが多くて、困惑することも沢山あったので、大分参考になりました。ありがとうございます。

 それで、その……」


「なぜ、シュシュルカ様に対してこのような仕打ちをしたか、についてでございますね?」


「は、はい」


 ワタシの返事を聞くのと同時に、アーセリアさんの表情が暗く沈み、瞳を悲痛な陰りが覆っていった。しかしそれ以上に、いろんなものを背負っている、覚悟を持った人の決意が、神聖さすら感じさせる意志となって、彼女に顔を俯かせず、前を向かせる力になっていた。




「それは、アーセムを、そしてこのオールグを、――救うためなのです」


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