52 きゅうきょくせいぶつ
ワタシの発言に、三人は一様に目を丸くしてポカンと口を開いて固まった。
敏感に三人の様子を察知したペスさんも足を止め、若干不安そうに二つの首を伸ばしてワタシ達の間で視線を行き来させている。
ワタシとしてもなんでこんな背中がムズムズするような空気が流れているのか分からなくて、何かやばいことを言ってしまったのかと視線と尻尾をゆらゆら揺らしながらペスさんにアイコンタクトで助けを求めたら、落ち着かせるように顔をペロペロされたので落ち着いてやはりマザーは偉大だった。
「……ぷっ、クッ、はっはっは!
それも、そうですね、ふふっ。子供の我が儘、か」
「んふ、んふふふ。そうだよね、大人だもんね。
このぐらい、飲み込めないんじゃ、格好つかないもんね」
顔を母の愛に
「ねっ、こんなに可愛いのに、なんだか小さい子供だなんて思えないでしょ?
こう、当たり前のことを当たり前だって言ってくれるのって、なんだか新鮮で。ああ、そういえばそうだっけって、なんだか目が覚めるような思いになるんだよね」
「ええ、リィル殿が言っていたことがようやく分かった気がします。言われるまでそんな選択肢があったことさえ分からなかった、いえ覚えていなかったのに……。
言われてみれば、それこそが一番初めに考えるべきことなんだと、立つべきスタート地点を示されたような感じです」
なぜだかよく分からないが、二人の中でとんでもない高評価がされているのは感じられたので、背中のムズムズが激増していくのにワタシがすべきことは一つで、一秒でも早くこの場から離れるべきだった。
しかしいつの間にか、またもオロアちゃんの手にお腹をがっちりホールドされていて、逃げることすら許さないなんてワタシの異世界観光のハードルがアーセム並みに高いのは初めからだったから、神前で結婚の誓いを立てる花嫁のような優しさに満ちた微笑みで受け止めるのもやぶさかではない。
「イディ」
「……はい」
「貴女、ちょっと生意気ですわね」
幼女の身に花嫁の真似事はオマセが過ぎたみたいで、さっきまでリィルに向けられていた筈のジト目がワタシを背後から刺し貫いてくるのに、懺悔の準備を万端にいつでも膝をついて頭を垂れられるようにスタンバっていた全ワタシの防災意識の高さを顧みても頭が上がらないのは必然だった。
しかし、教会ってことは祈るのも懺悔するのも神が相手で、ここが異世界でするのがワタシである以上その神はあの神なので、縋ろうとした手に満面の笑みで
でも、ノノイさんの結婚式を経験したワタシにとって、花嫁との待遇の差が歴然なのは分かっていたことだから、瞳から流れているのは溢れてきた喜びに違いなかった。
――もらい泣き、って奴かな。
「
……でも、ありがとう」
しかし、大方の予想を裏切って調子に乗ったワタシへの叱責はなくて、顔を肩に埋めながら若干拗ねたような声音の後に、小さく続けられたテレ度一〇〇パーセントの言葉にワタシの勝利は確定されたので、天に会心の笑みを向けてやった。
(見たかよ……。これが人の絆が生みだす、
「でも言葉遣いは改めるように、宜しくて?」
「ハイオネエサマ!」
(見たかよ……。これが上下関係の生みだす、格差って奴さッ!)
でも仕方ないんだよ。ワタシは了承した覚えが欠片もないんだけれども、分かっちゃうんだ。身体がさ、勝手に動いちまうのさ、……腹を見せるようにね。
一度も野生に身を置いたことのないワタシの野生が、群れの上下関係の厳しさを訴えかけてきて止まない。秩序を乱し、上の者に逆らうこととは群れの存続を危うくする行為。そんなことを自然界でしてしまえば、速やかに死。故に上の者が言うことに反論は許されない。
これはきっと、ワタシの中に眠る野生と『俺』が培ってきた社会的立場が上の者への脊髄反射の平身低頭が合わさって最強になった結果だ。
(だとしても、こんな子供にまで圧倒されるなんて、いくら『俺』がヘタ、慎重を期す性格だとしてもなんだか違和感が……、はっ! ま、まさか!?)
ワタシは、あの神様に魔、いや神だから聖改造されてしまったことで生まれた『庇護』の超能力が作りだす人間関係に常に晒されている。つまり、どんな対象からも『守るべき存在』として認識されている。
ということは、ワタシの意識に関係なく、どんな相手に対しても『自分を守ってくれる存在』として接している訳で、どう足掻いても弱者!
――へへっ、気をつけな。今のワタシは、赤子にだって媚びるぜ?
ワタシと『俺』と能力が合わさり、最強すら超えて究極になる。こうして世界の謎がまた一つ解き明かされたのと同時に、ワタシの世間体は死に、大人の矜持は塵となったのだった。
「んふふ~。それじゃあ、意見もまとまったことだし。サッサと『学校』に移動しよっか。時間も有限だしね~」
「そうですわね。リィルさんに賛同するのは癪ですが、あの子たちも待っていることですし。少々急ぎましょうか」
霞んだ意識の端で二人の会話を聞いたその時、ワタシの脳裏に電流が走った。
――このまま人間関係を広げてったら……、ヤバくね?
今のワタシは人間ピラミッドの圧倒的底辺。つまり交友関係を築けば築いただけ腹を見せる対象が増え続けることになり、その重量を一身に受けて精神的に圧し潰されて死ぬ未来しか見えない。
――今からでも遅くない、なんとしても避けなければ!
「み、皆様!」
「んん? どうしたの、そんな改まって」
ワタシの呼びかけに全員が足を止め、疑問符の浮かんだ視線を向けてきた。それだけでいろいろと限界を迎えそうだけど、特にオロアちゃんのこれからに対する期待に輝いた瞳には無意識な精神攻撃が付与されているようで、胃も心も痛くて尻込みせずにはいられなかった。
――でもワタシは知っている。
「えっと、ですね。やっぱり『学校』はまた今度ってことでどうでしょう?
ほら、未来って奴は欲張りだからさ。こんなに楽しいことを今の時間だけに詰め込んじゃうと、申し訳ないっていうか、やるせねぇっていうか、つまりそういうことだから、
「えっと、急にどうしたのかな、イディちゃん。一旦落ち着こうか」
「いえいえいえ、何がどうしたという訳ではないんですけど。ただなんというか、日が悪いというか嫌な予感がするというか。
そうです、このまま行けばきっと (ワタシにとって) 良くないことが起こりそうな気がするっていうのはどうでしょう?」
「いえ、どうでしょうと言われても」
「イディちゃん」
暴走して捲し立てるワタシに、リィルの静かな声が届く。柔らかな微笑みを湛える彼女に救いの女神のビジョンを見て、ワタシたちは笑みを咲かせて見つめ合った。
「リィル……」
「大丈夫だよ……。
何か良くないことが起こっても飲み干せばいいんだから、イディちゃんは案外大人だもん!」
(違いますぅ! 身体は幼女ですぅ!)
「それじゃあ、時間を短縮するのと一緒に嫌なことも置き去りにしちゃおう! 『学校』まで競争だよ!」
いやいや、そうはならんやろ。
「フッ、いいでしょう。
「宜しくてよ。お姉様には勝てる気がしませんが、貴女に後れを取る気は毛頭ありません! ペスを駆っている時の
待って待って待って、なんでみんなそんなに乗り気なのか本当に良くない。そんな生き急いだっていいことないから、落ちついて深呼吸しながら迷走をして慎重に、
「それじゃあ、いくよ。よーいっ、スタートぉ!」
「お願いですからまぁってぇ~~~!!!」
――置き去りにされたのはワタシの意思と、ドップラー効果を乗せた叫びだけだった。
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