08.鉢合わせ

 ***


 センターに着いた途端、出入り口付近で蛍火と遭遇した。彼はセンターの謂わば管理者。居る事そのものは何ら可笑しい事では無いが、彼は内から外へ出て行くようだ。

 昼間からセンターを空けて良いのか甚だ疑問ではあったが、赤札が3人も揃っているこちらの面子に関してセンターの主もまた目を丸くしている。


「え、あれ、何か用かい? 珍しい組み合わせだねえ」

「ははは、蛍火さんが驚いているのは珍しいな! いやちょっと、ミソギの件で調べる事があったので寄りました」

「そうなのかい? うーん、ちょっと僕も出掛けるつもりだったけど……。話を聞いておこうかな。名目上は病院だからね、ここ。好き勝手されるのは少し困るな」


 出掛ける予定だっただろうに、蛍火は踵を返して再びセンター内部へと入って行った。やや申し訳無い気持ちになる。


 ともあれ、手近な椅子に腰掛けた蛍火に対し、ここにいる事情を説明する。一通り話を聞き終えた彼は深く頷いた。


「成る程ね、理に適ってはいるかな。僕も丁度、樋川結芽については少し調べる事があったんだよ」

「と言うと?」

「樋川結芽――ではなく、親族だって言い張ってる氷雨くんの事をちょっとね。あまり情報を開示させたくは無いけれど、支部のデータベースにアクセスして、本名を閲覧するつもりかな」

「本名? それって、見られない奴っすよね」


 堪らず南雲は口を挟んだ。名前はこの世に生を受けたその瞬間から付けられる、一種の呪いだ。そんなものを、『そういった類いの物と頻繁に接触する』この仕事で丸裸にしている訳にはいかない。

 だから本名を名乗るのは禁止。それは機関全体の共通事項で、現場には赴かない支部の受付嬢達でさえその掟を徹底させられている。

 不意に名を呼んだりしないように、本名関係のあらゆる情報は秘匿され、覗く事すら適わない。それを覗くと言うのだから蛍火の言葉は最早犯罪予告に等しかった。


 苦笑した蛍火は肩を竦める。


「ああいや、青札からは閲覧制限が掛かっていないんだよね。まあ、僕達は腐っても聖職者だし。勿論、調べた結果を公表する事は出来ないけれど。それでも、樋川結芽と氷雨くんの血縁関係の否定さえ出来ればそれでいい」

「そうなりますよね。では、蛍火さんの報告、お待ちしています」


 そう言って雨宮が完璧な笑みを浮かべる。口角の上げ方や目の細め方まで完璧な笑み。逆に芝居がかって見えてしまうのが引っ掛かる。

 それをぼんやり見つめている内に、蛍火は軽く手を振って出て行ってしまった。


「少しだけアプリの情報を整理しようかな。こっちが調べ物をする上で、新しい情報があれば活用していきたいからね」

「あ、俺見ますよ」


 雨宮の言葉に押される形で南雲はスマホを取り出した。慣れた手つきで落ちていた機関の連絡アプリを立ち上げる。


「うーん……。何と言うか、目新しい情報は別に無いっすね」

「そうか。こんなにも噂を持たない怪異も珍しいな」


 並ぶのは白札達の考察、もとい推測だ。女の怪異と一口に言ってもたくさんヒット件数があるのと、そんな有象無象にうちのエースアタッカーが昏睡状態にさせられるなど、本来ならあり得ない事態。


「まるで、ミソギを襲う為だけに現れた怪異みたいだよね」


 不意に雨宮がそう呟いた。対し、十束が同調する。


「そうだよなあ。ミソギしか襲わなかったと聞いているし……」

「全然意味分かんねぇっす」

「取り敢えず、怪異の件は一度置こうか。私達じゃあ、有力な情報は得られないだろうからね。それより、今まさにミソギが入院してる――3階での私の話をしようか?」

「3階? 何かあるんすか、あのフロア」


 そうだよ、と雨宮は頷く。まさに今からホラーな話を始めるぞと言ったようなテンションに、思わず息を呑んだ。間違いない。彼女は話し上手だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る