06.一大決心
「大丈夫ですか、足下、気を付けて」
足に力の入っていなさそうな結芽にそう言いながら手を引く。彼女は存外軽やかに床へ下り立つと、長い髪を払った。非常に病的で弱々しく見えるが、その足取りは予想していたより少しばかり早い。
問題無く歩ける事をそれとなく確認したミソギは結芽に声を掛ける。
「えーっと、取り敢えずセンターから外に出てみようと思います。それで良いですか?」
「ええ、勿論よ。私、あなたのお仕事についてはよく分からないの。お任せするわ」
センターの探索をしつつ、1階へ下り、そして外へ出る――頭の中で算段を組み立てながら、個室のスライドドアを開けた。開けて、絶句する。
「えっ、あれっ……!?」
全く身構えていなかった急展開に、一瞬だけ恐怖すら忘れた。
同時に一歩下がって叩き付けるようにスライドドアを閉める。後ろに立っていた結芽が、怪訝そうな空気を醸し出していたが気付かないふりをした。
呼吸を整えながら、今さっき観た光景を思い返す。
廊下のあちこちに点在する、怪異、怪異、怪異――
さっきまでは姿すら見掛けなかった怪異達が、まるで一般人であるかのように行き交う姿は思わず我を忘れた程だった。
このままでは、個室から出る事もままならない。もう一度、このスライドドアを開け、どのような怪異達がひしめき合っているのかを確認の上、出るか出ないかを決める必要がある。
人間とは不思議なもので、他に頼るあてが無い時は強い生き物だ。一度、深呼吸をしてもう一度、ゆっくりと小さくドアを開ける。隙間から外を覗こうと思ったのだが、結果的に言えばそれは失敗だった。
「ひぎゃっ!?」
隙間から覗き込もうとした瞬間、目と鼻の先にギョロリとした眼球。土気色の肌が見えた瞬間、思わず悲鳴を上げた。こちらから覗き込む前に、誰かが覗き込んでいればそりゃ悲鳴も上げる。
上げた悲鳴によって、怪異がブツブツと何かを言いながら歩き去って行った。奴は何がしたかったのだろうか。
出鼻を挫かれた気持ちになりながらも、もう一度隙間から中を覗き見る。
まず一番に目に入ったのは正面の壁。頭をぶつけながら怨嗟の声を上げる男性の姿が見える。来ているこの服は病院から支給されるパジャマだろうか。
そして、その視界をチラチラと高速で行き来する女。同じ場所を延々と同じ速度で往復している。
更には無謀にもその床でクレヨンを出し、絵を描いている子供。顔が無い。
「うぅっ……。行きたくない……」
この様子を見るに、センター内の探索は絶望的だ。あまりうろうろしていては、怪異を刺激して格好の標的になりかねない。
であれば、一先ずはセンターから脱出し、外に出てからどうするべきか考えよう。尤も、センターから出られればの話だが。
――でもやっぱり、救出を待った方が良いのかな……。
弱い心がここで待っていろと囁く。しかし、除霊師としての直感はここへ居ても何の意味も無い事を告げる。
「ミソギさん?」
「え、あ、どうしました?」
結芽の言葉で我に返る。そうだ、今は1人じゃないのだった。とはいえ、彼女は一般人なので果たして居てくれたところで何かの役に立つとは限らないのだが。
「進まないの? 確か、外に出ると言っていなかったかしら?」
「や、そうなんですけど……。怪異がうじゃうじゃ居るんで、ここで誰かを待っていた方が建設的かなあとも思ってまして」
「あなたの判断には任せるけれど、こんな所、誰かが助けに来てくれるの?」
尤もな意見に引き攣った笑みを返す。非常に正論。
異界は外側からではなく、内側から破壊するものだ。彼女が原理をしっているとは思えないが、言っている事そのものはこの上なく合理的である。
それに、誰よりも現状を恐れて然るべきは本職の自分では無く、結芽の方。この場に彼女を放置したまま、除霊師の自分がのうのうと籠城していて良いはずが無い。
「結芽さん、雑誌とか読みますか?」
「雑誌? ……そうね、確か誰かが置いて行ったファッション雑誌なら……」
「それ、丸めてメガホン代わりにしても大丈夫ですか?」
「ええ。私の部屋にある物は何でも使って」
そう言うと、結芽は机の上に乗っている赤い雑誌を指さした。さっきまで、こんな雑誌あっただろうか。
首を傾げつつも、雑誌を入手。それをメガホンのように丸めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます