02.雨宮の復帰戦

 気を取り直し、雨宮の待つ301号室へ。定期的に窓を開けて換気する彼女の病室は清々しい空気が満ちていた。部屋の主が今日、退院出来るという喜びに打ち震えているからかもしれない。


「雨宮、来たよ!」

「ああ、ミソギ! 待ってたよ!!」


 雨宮その人は退院する気満々だった。すでに病院服は着替え、久しぶりに見る私服姿だ。ついでに早く外へ出たいのか、荷物の整理も粗方終了している。

 そんな様子を、眩しいものでも見るかのように見ていたミソギの意識が引き戻された。


「私の栄えある復帰戦は、君と組む事になったよ!」

「そうなの? じゃあ今日は私も通常業務なのかな。まあ、解析課ってあまりたくさん事件が起こってる訳じゃ無さそうだし。当然だけど」

「いやいや! 今日のお仕事は解析課のお仕事だって相楽さんが言っていたけれど」

「えっ? じゃあ私の担当に、雨宮が着いてくるって事?」

「そうみたいだね」


 ――それはそれで心強いかな。

 彼女はトキ程で無いにしろ、十束よりは恐怖に耐性がある。ミソギ自身がホラーに耐性が無いので、一人落ち着いた人間がいると不思議と安心感があるものだ。しかし、何故急に雨宮を投入して来たのだろうか。


「復帰戦が解析課って何か不思議だよね」

「相楽さんには何か考えがあるみたいだったよ。私にそれを説明しはしなかったけれど」

「考え……。私達がやらかした事、何か気付いたのかな?」

「そうだったとしても、証拠が無いからね。あの人、頭が切れるから根拠の無い言いがかりは付けて来ないと思う。まあ、私達が憶測を並べても仕方無いさ! 仕事を頑張ろう!」


 恐らく、南雲の次の担当とかそんな理由だろう。しかしどうしても不安が拭えない。相楽は切れ者だが、そうであるからこそ、アメノミヤ奇譚における急場凌ぎの大嘘が通じるとは思えなかった。


「……あ、そういえばどこに集合とか聞いてる? 雨宮」

「解析課の人が車を回してくれるってさ。今日は支部に寄らなくて良いそうだよ。迎えが来るまで待とうか」


 急ぎなのだろうか。わざわざお迎えに来てくれるとは。しかし、凛子ならそのくらい涼しい顔でやってくれそうな気がしないでもない。

 それとね、と雨宮が若干声のトーンを落とした。


「私、退院したばかりだから日が落ちる前には帰らなきゃいけないんだよ。もし、日が暮れるまでに解決しなかったら後は頼んだよ」

「えっ、マジか……。今日は雨宮以外、誰も居ないみたいだしかなり不安だな」

「大丈夫! 解析課の人達もいるじゃないか」

「凛子さんは良い人だけど、安定感は無い感じだからなあ……」


 他人に文句を付けられる立場ではないが、そう言わざるを得なかった。トキに説教されているのを見て、自分がしっかりしなければと謎の使命感に煽られたのは記憶に新しい。

 しっかりしていると見せ掛けて、実はそうでもない。そのアンバランスさが凛子の持ち味と言えるだろう。


「というか雨宮、今日までは休んでた方が良かったんじゃないの? 私は一人で仕事したくないから助かるけどさ」

「いやいやいや! 年単位で休んでるのに、これ以上休んだら身体が腐ってしまうよ! 良いんだって、ちょっとくらい忙しい方がね。それに休んで何をするんだい? みんな仕事で居ないのに」


 ――それもそうだ。自分もトキも、或いは十束も仕事だ。

 何にせよ、雨宮が居るのは心強い。出来れば日が落ちるまでに騒動を解決し、良い気分で帰宅したいものだ。


 ***


 たっぷり30分後、解析課からのお迎えが来た。助手席には見慣れた山本凛子、しかし運転席には知らない成人男性が乗っている。


「こんにちは、凛子さん。彼女が雨宮で、今日は一緒に仕事をする事になりました」

「ええ、聞いているわ。よろしくね、雨宮ちゃん」


 おい、と助手席の男が不機嫌そうに口を挟む。その視線は後部座席へと向けられていた。


「車が出せねぇだろうが、良いからさっさと乗れ」

「敷嶋さん……」


 凛子が呆れたように男の名を呼んだが、その敷嶋とやらは鼻を鳴らしただけだった。大丈夫か。こいつと上手く仕事出来るのか。不安が一杯である。

 そそくさと車に乗り込むと、アクセルを踏みながら例の敷嶋が口を開いた。


「先日はご苦労だった。俺は敷嶋瀬戸、まあ山本の上司ってところだ」

「はあ、よろしくお願いします」


 ――変わった名前というか、名前が苗字みたいだ。

 思った事は口には出さなかったはずだが、敷嶋が疑問の答えを明確に口にする。


「言っておくが、俺達の名前はお前達のやり口と同じだ」

「成る程! 偽名って事ですね」

「ああ」


 いち早く言わんとする事に気付いた雨宮はしきりに頷いている。

 それにしても、と敷嶋が視線だけでミラーを見た。ミラー、というか後部座席に座る除霊師を見ている。


「今日はアイツ居ないんだな」

「アイツ? 誰の事でしょうか」

「アイツだよアイツ、トキ」

「……トキは先月の担当だったので。前回は居ましたけど」

「そうか。アイツはなかなか良い人材だったからな、うちに欲しいくらいだったんだが。お前、奴の知り合いか? 勧誘したいと伝えておいてくれ」

「まあ、言うだけだったら。多分、異動はしないと思いますけど」


 この人とトキ、どことなく雰囲気が似ているし話とか会うのかもしれない。全く理解出来ない空間だが。

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