03.解析課の凛子

 ***


 トキ運転のもと、隣街までやって来た。この辺に足を運んだのは久しぶりだと思う。そのまま、小さな建物の駐車場に手慣れた様子で車を駐めた彼はキーを抜き取り、車外へ降りた。

 それに倣い、ミソギもまた車から顔を出す。閑静な場所だ。目的の部署とやらも目立たないようにしてあるし、民間の依頼を直接受けるような課ではないのだろう。


「おはよう」


 聞き覚えのまるでない凛とした女性の声。そちらを見ると、婦人警官と言うよりは私服警官と言った出で立ちの女性が立っていた。勝ち気そうな黒目に、女性にしては高い身長。ボーイッシュな雰囲気の中に、確かな女性らしさを感じる。そんな人だ。

 一緒に後部座席に乗っていた南雲がコソコソと話し掛けてくる。


「あれ、誰っすかね。近所のお姉さん?」

「まあ、仮に近所のお姉さんだったとして、私達に話し掛けて来る意味は分からないよね。解析課の人でしょ」

「やっぱり?」

「やっぱり」


 はぁ、と後輩はゲンナリとした溜息を吐いている。余程、警察職の方々と折り合いが悪いのだろう。こちらが何も話さないからか、唐突に現れた彼女はつらつらと言葉を紡ぐ。


「トキくんは知っていると思うけれど、私は怪異解析課の山本凛子よ。今月の担当は――そっちの子かな。相楽さんには、女の子だと聞いていたし」

「はい。機関除霊師のミソギです」

「ああ、よろしく。ミソギちゃん」


 車の影で話をするのも悪いと思い、今月の担当であった事も相俟ってそそくさと物陰から出る。凛子が片方、白い手を差し出してきた。握手を求めているのは明白だったので、おっかなびっくり片手を差し出した。

 きゅっ、と結構な握力で握手される。流石に公的機関。除霊師側の人見知りやら尊大な態度、最早警察に怯えているワンコと比べれば恐るべきコミュニケーション能力である。


 ところで、と凛子はトキと南雲を交互に見て、首を傾げた。


「今日は随分と大人数だけれど。何?」

「貴方の独り立ちが心配だと相楽さんが仰ったからだ。ミソギ1人では荷が勝ちすぎる」

「君、相変わらず言うよね。そういうところ、敷嶋さんが気に入っていたよ」

「知らん」


 凛子の不安そうな、というか怪訝そうな視線が未だに車の影に隠れている南雲へと向けられる。いつもの化け物じみたコミュ能力はどうした。しれっと挨拶してくればいいものを。


「……おい。おい、何をしている南雲」


 地を這うような、トキの不機嫌そうな声音が耳朶を打つ。それを受けてか、怯えた子供のように南雲が顔を覗かせた。どうしよう、幼い子供ならばまだしも、ゴツイ男がそんな動作を取っても可愛くない。というかむしろ不気味。

 最後、トキの舌打ちが寒々しく響いたところで観念したのかノロノロと後輩はようやく全容を現した。

 僅かに凛子の目が細められる。何かを思案するようでもあり、職業柄の観察眼のようでもある、そんな目だ。


 しかし、そんな山本凛子はあくまで『怪異解析課』だった。これが普通の警官であったのならば。平日の昼間から明らかに高校生くらいの男が、こんな格好でチャラチャラとよく分からん面子の車から降りてくれば職務質問に直行だっただろう。


「君は? 君も赤札なの?」


 トコトコと近付いて来た南雲はどんよりした曇り顔で頷いた。


「うす、来月担当になるっぽい南雲です。どうぞよろしく」

「ええ、了解したわ。……まあ、元々は警察官だったから思う所はあるけれど。格好は個人の自由、そんな事で実は軽犯罪とか犯してるんじゃないかと詮索する事はないわ」

「ええ? でもでも、俺メッチャされるんすけど。職質」

「格好と言うより、時間が悪いわね。平日の真昼に車を乗り回していれば、君の見た目だと、その……無免許運転かもしれないし」

「ほらああああ! 今! 今俺の格好って言いましたよこの人! ねえ、ミソギ先輩! 差別はんたーい!」

「……そうですよ、凛子さん。南雲のこれは、烏避けです」

「ホワアアアアア!? ここに来て、まさかの裏切り!?」


 いつになったら仕事の話は始まるんだ、トキの呟きは思いの外よく響き、会話は強制的にストップした。


 ごほん、と仕切り直すように咳払いした凛子が今し方車を駐めた横にある小さな建物を指さす。


「立ち話も何だし、移動しようか。飲み物くらいなら出すよ、お茶とコーヒーしかないけれどね」


 凛子に促されるまま、部署の中へ入る。中は意外にもかなり散らかっていた。デスクは2つしか無く、後は来客用ソファとテーブルで埋まっている。

 散乱しているのは資料の類だろうか。クリップや使用済みのホッチキスの芯なども落ちていて大変危険だ。パソコンは電源が付いたまま、とにかくあらゆる物が置いたままになっている。

 それを見たトキが再び露骨な舌打ちを漏らした。目上の人間を相手にその尊大な態度はいったいどこから出て来るのだろうか。


「おい、片付けをしろと先月も言ったはずだ」

「片付けはしているのだけれどね。どうしても、いつの間にか物が散らかってしまうのよ。私ではなく、敷嶋さんが置いたままにしているのだと思う」


 凛子が来客スペースにまで侵食して来ていた資料の山を適当に端へ寄せる。この様子だと彼女も相当に片付けが苦手と見た。

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