16.供花の館

 結局の所、と悩ましげな顔をした鵜久森が首を傾げる。


「『キョウカさん』は亡霊タイプの怪異だった、という事で良いんですか? 成仏するって事は人の噂から発生したというより、心残りがあった霊という方がしっくり来ると思うのですが」

「ああ、それで間違いねぇな。ただ……怪異でも何でも無い人間霊にしちゃあ、強すぎたが」


 その辺がよく分からない、と相楽が嘆息する。

 元来、人間霊とは人の噂からではなく個人の未練や何やで発生する怪異だ。それらは人々の噂になれば徐々に力を持つようになるが、特別巨大化する事はほとんど無い。元は人間というベースがすでに生成されているからだ。

 ――八代京香が殺人鬼として大々的に取り上げられた存在だったから? しかし、すでに30年以上経過している。自分達の世代に至っては、30年前などまだ世界に存在していない頃だ。


 ここで巫女の血族代表、ミコが不意に呟いた。


「『キョウカさん』のベースは間違い無く人間霊ですよっ! でも――そう、何だか手を加えられたような、そんな気配はしましたけれど」

「手を、加えられたねぇ? 人為的にって事か?」

「はいっ! 偶然かもしれませんし、必然だったのかもしれません。ごめんなさい、そこまでは私にも分かりませんっ! 人間は、霊的な存在ではないですから!」


 『供花の館』、そのものは解決したが別のしこりが残るこの一件。ミコは今週こそ忙しいと言ったが、まだ一時忙しない時間が続きそうな気がする。


 ミソギはもう一度、もう二度と来ないであろう館の跡地に視線を移した。完全に取り壊されているが、散らかった瓦礫はそのまま。ともすれば部屋の形が分かるくらいに骨組みが残っている部分も見受けられる。

 どうして土地をこのまま放置していたのだろうか。地下も跡形もなくなっているので、きっと置いたままになっていた残酷な人形達は供養されたのだろう。そうであって欲しいものだ。


「――ん?」


 視界の端。何か人影のようなものが写って、目を疑う。

 『キョウカさん』かと思われたが、普通に人のようだった。黒々とした服をまとった、50代後半から60代くらいの男性。除霊師を示すプレートは確認出来ない。機関員だろうか、後処理を任された。

 いや、そんな話は聞いていないぞ。というか、いくら何でも来るのが早すぎる。まだ帰還に仕事の終了報告すらしていない。


 眺め眇めるように『供花の館』の成れの果てを見ていた男がゆっくりとこちらを向く。目が合った瞬間、何故か微笑みかけられた。

 ぎょっとして数歩後退り、顔を逸らす。

 すぐ我に返って男がいた所をもう一度目視したが、そこには誰も居ない。


「――気のせい?」

「どーしたんすか、先輩」

「いや、今人がいたような――」

「人!? ええええ、まだ怪異が消滅してなかったんすかね!? どうしよう、どうしよう!?」

「いや、もういなくなった。見間違いだったかも……」


 隠れる場所など無いだろうが、もう一度周囲を見回してみる。不審者の可能性もあると思ったのだが、やはり男の姿は影も形も無くなっていた。


「よーし、仕事終わり! お前等、明日だけは何としてもオフにしてやるから楽しみにしておけよ!」

「うわあああ! マジすか!? マジすか、相楽さーん!! マジでそういうところリスペクトっす!!」


 ぴょんぴょんとその場で跳ねる南雲は全身で喜びを現している。

 ミソギもまた、仕事終わりのムードを邪魔したくなかったし、まさかあんな所に人がいるはずもなかったので先程の出来事は気のせいという事にした。


 やっと明日は休みだ。ゆっくり休もう。あとは、霊障センターに顔を出して雨宮に会うのもいい。トキはきっと来ないだろうが、行ける時に見舞いには行かないと。

 明日の事を考えて、ぐぐっと背伸びをしたミソギは大きな仕事が終わった達成感を覚えながら笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る