06.人形の部屋

 端から順にドアを開けて行ったが、今の所1カ所開かなかった事以外は目立って変わった事は無かった。館の一番端にある部屋の前に今はいるが、ここも外れだった場合、重要な場所が2階に集中しているという事になってしまい、あまり良く無い。


「開けます」

「姐さん、肝が据わってますねっ!」

「ミコ程じゃ無いよ」


 鵜久森が最早緊張感も無く、最後のドアを開けた。中へ入ろうとしていた彼女の身体がピタリと硬直する。こちらも恐怖を忘れたと思わしき南雲が部屋の中を覗き込んだ。


「どーしたんすか? 何かあっ……えっ!? やっ、ちょっ、まっ――」


 どさり、と部屋の中で何か重いモノが床に落ちたような音が響いた瞬間、今まで平気だった反動が押し寄せるように南雲が叫んだ。


「ひぎああああああああ!? ダメだってこういうのおおおおお!! 助けてセンパーイいいいいい!!」

「ああもう、煩い! 騒ぐな、一つ落ちただけだろうがっ!!」

「ちょいとおじさんにも中を見せてくれないかねえ」


 南雲を押し退け、中の惨状を視界に入れる。最年少、少女であるミコが平然としていたのでどうせ大した事は無いだろうと完全に油断していたが「うっ……」と思わず声を漏らす。


 部屋の中一面に転がされた人形。それも、等身大サイズのものから手の平サイズのものまで様々だ。どれも和服を着ていて、心なしかおかっぱの少女を模したような人形。どこかリアルなそれはあらゆる想像力を掻き立て、かなり不気味だ。

 人形は床に落ちているだけではない。天井の梁から吊られているもの、壁にロープで縛り付けられているもの、様々だ。一様に飾るだけを目的としている訳では無さそうなセッティング。


 身の毛のよだつような光景に、相楽は一歩下がった。

 こんなの、正常な人間がやるような事ではない。人の形に限り無く近いそれに対し、残虐な振る舞い。心に何か病でも抱えているのかと勘繰ってしまいそうだ。

 先程、南雲が悲鳴を上げたのはこれだろう。天井から1本だけ、千切れた紐がぶら下がっている。劣化した紐が唐突に切れたのか、何か他に理由があるのか。


 ――と、不意にかなり遠くから悲鳴が聞こえた。女性の声であったが為に、それがミソギのものであるとすぐに判断出来る。


「上の階でも何かあったのか? しかし、ミソギと南雲はすぐに叫ぶからな……アテになんねぇな」

「何でしょうね。とてもよくない気がします」


 上の階を見上げていたミコがぽつりと言葉を溢す。静かに述べられた言葉に戦慄するが、瞬きの刹那にはいつも通りの元気な巫女に戻っていた。


「この部屋には何も無いみたいですっ! 人形しか! 開かなかったドアの前に戻りませんかっ?」

「おう、調べなくて良いのならそれに越したことはないが……。マジで何も無いんだよな?」

「ありませんっ! 『彼女』にとって、この部屋はあまり重用ではないのかもしれませんね」


 八代京香は人形師であったらしい。その作品部屋に対して『重用ではない』、というには無理がある。しかし、ミコの断言するような物言いは基本的には外れがない。分からない事は分からないと言える子だからだ。


「――仕方ない。施錠されてた部屋に戻るか。しかし、1階に鍵はねぇとなると……2階か? それとも、突き破った方が早いかね。十束もトキも上に行かせたのは失敗だったな。アイツ等、普通に力強いからなあ」

「それはそうですよ。奴等は今、人間の身体年齢的には一番力が強い時期ですから」

「あーあー、おっさんもあと10年ちょい若ければなあ」


 鍵の掛かった部屋の前に戻って来た。南雲にドアが突き破れなければ、2階にいるであろうトキ達に話を聞いてみよう。鍵の掛かっている部屋だ。確実に重要な情報があると見ていい。

 未だに先程の人形部屋の衝撃が抜けていないらしい南雲に声を掛ける。とはいえ、そういえば彼の特定条件は『空腹』。やっぱりドアを突き破るのは難しいかもしれない。


「南雲。お前さ、アクション映画みたいにタックルして、ドアとか破壊出来ない?」

「え、今っすか? うーん、でもおれ、朝から何にも食べてないんすよね。今ちょっとパワーねぇけど、やってみます」

「おう、頼むわ。無理そうだったらすぐに止めろよ、怪我なんざシャレになんねぇわ」

「了解でーす」


 南雲が十分な助走を付ける為、廊下の反対側にぴったりと身体を寄せる。助走幅が足りない気しかしないが、黙っておいた。


「よっしゃ、行きまー……うおっ、と!?」


 力強く、南雲が足を踏み出したその瞬間だった。踏み出したその足が、床を踏み抜いた。唐突に足下の板が抜け、バランスを崩したがしかし、そこは今を輝く若者。器用にバランスを取り直し、転倒を避ける。


「あ、あぶねー! 相楽さん、これ無理っすよ。床が弱過ぎるし、これ、もしかして下があんのか……?」

「地下があるって事か? だが、階段は上に上がるやつしか無いぞ」

「隠し階段があるのかもしれませんね」


 顎に手を当て、鵜久森が周囲を見回す。しかし、床にも、或いは天井にも。何か他のフロアへ行けるような足掛かりは無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る