02.情報考察

 険しい顔をした相楽が、白い札がベタベタと貼られた両手サイズの木箱を机の上に乗せる。どことなく禍々しい気配だ。


「これはお前等が収拾してきてくれた、怪異の落とし物だが――情報不足で申し訳無いが、三怪異とキョウカさんの関連性が見えて来ないんだよなあ。なにか、予想とか無いか? 俺は直接怪異と会ってねぇから何とも言えないんだよ」


 全員の視線が、何故か自分に集まる。何故だろう、と一瞬だけ考えてすぐに思い至った。何と、ミソギは全ての怪異と相手取っている。憑かれていた訳では無いが、全てと相対し、そして消滅を見届けた。

 ――今思ったが、働き過ぎでは?


「えー、えー……。私がこれ、何か言わなきゃいけない感じですか?」

「すまん、俺は『質問おばさん』しかよく分からないんだ!」


 十束に何かを期待していた訳では無いが、意見を言うのが大好きな彼にそう言われてしまっては、何か答えなければならないという焦燥が押し寄せてくる。


「うーん、そうだなあ、『豚男』はキョウカさんの協力者的な立ち位置で、他2つは被害者なんじゃないかなあって。そんな気はします。『あの女』、って随分と恨みが籠もった声でそう言ってましたし。……あ。そうだ、『不幸女』は花まみれで、『質問おばさん』は両目がありませんでした!」


 そう、そうだった。『豚男』は見た目はグロテスクだが、欠けたパーツがあった訳では無い。けれど、『不幸女』と『質問おばさん』は違う。人為的にも見える被害を受けていた。


「え? 俺、その『質問おばさん』の両目が無い話は知らないんだが」

「十束は離れた所に立ってたからね」


 参考までに、とミコが微笑む。


「三怪異全ての怪談の中に『キョウカさん』は実在しませんっ!」

「んー……。ミソギの考察が正解のような気もするが、人形……目玉……花。落とし物の内容量と一致するな」


 言いながら、相楽が先程の木箱を開ける。

 中には、今まで集めた『落とし物』が丁寧に並べられていた。


 白菊は『豚男』、白百合は『不幸女』、ガラスの目玉は『質問おばさん』だ。それらを眺めていたトキが不意に言葉を溢す。


「キョウカさんの人形館とやらはガラスの目玉が対応する。館の名前――供花には菊と百合は最適だ。供え物としてな。怪談同士は無関係だが、怪談の中身にいる実在の人物には関連性があるかもしれない」

「えー? どういう事っすか? 俺、ちっとも分かんねえや」

「馬鹿が。怪談同士は無関係だが、モデル同士は関係があるという事だろう。怪談という口伝の話では無く、現実の方でな」


 相楽が悩ましげな溜息を吐く。


「予想はしてたが、しっちゃかめっちゃかしてるな。単純におっさんの調べが足りねぇのか、それとも開示されてる情報量が少ねぇのか……」

「すいません、相楽さん。落とし物の話も良いですが、どうします? 階段の怪談は。突破者が出ていないし、そもそも何が原因で発生した怪異なのかも定かじゃないでしょう? 第一、それはどんな怪談を持っているんですか?」


 ――『天国の階段』。

 綺麗な階段ではなく、獣道のように誰にも使われない石段の怪異だ。何でも、この階段を上ったが最後、どこにも辿り着くこと無く永遠に階段を上り続ける事になるという。

 実際、『供花の館』跡地を見に行った解析班の白札が2人程、帰っていない。つまりはそういう事なのだろう。


「えぇっ!? 何すかそれ、チートすぎっしょ! しかも回避不可イベ! 階段通らねぇと館には行けないじゃん! せこい! 怖い!」


 すでに震え上がっている南雲を冷たく笑ったミコが人差し指を立てる。何故か溢れ出る自信が伺えるが、果たして攻略法を思い付いたのだろうか。


「詳しい事は私にも分かりませんけれど! お供え物がラッキーアイテムかもしれませんよっ! 寂しがり屋さんなんだと思います!」

「ええい、言葉を意味不明に濁すなッ!」

「そんな事を言われましてもっ! 一から十まで私の力で何もかも分かるのなら、行方不明者や死亡者なんて出ませんよ!」

「ならもっと神妙な顔をしろ! 冗談ともつかないような態度で、重要な情報を吐き出すな!!」


 はいはい、と相楽が手を叩く。


「でだな、多分みんな疲れてるだろうしな、今日1日は情報収集の日にするぜ。みんな散らばって適度に情報収集してくれや。おじさんも頑張るから」

「りょーかいですっ!」


 かいさーん、という相楽の気の抜けた声でミソギは席から立ち上がった。向かう所はすでに決まっている。

 目的のあるような行動に怪訝そうな顔をしたトキが訊ねてきた。


「おい、どこに行くつもりだ」

「霊障センター! トキも来る? それとも、無難に図書館とかに行ってみる?」

「同行する」


 センパーイ、と快活な南雲の声がする。着いてくるのか聞こうとしたが、その前に十束の声が割り込んだ。


「南雲は俺達と一緒に行こう。すまない、鵜久森さん。車の運転は頼んだ!」

「まあ、私の車だしな。良いぞ」

「エッ!? いや、俺は先輩達と――」


 眩しい笑顔を浮かべた十束に、南雲が引き摺られて部屋から出ていってしまった。それを見送った鵜久森がミコを見やる。


「どうする? 一緒に図書館にでも行くか?」

「いいえっ! 私は相楽おじさまのお手伝いをしますね!」

「分かった。それじゃあ、ミソギ。また明日」


 鵜久森が急ぐことなくマイペースに部屋を後にした。会議室に本来の静寂が戻りつつある中、ミソギもまたトキに背を押されて退室する。中にはミコと相楽だけが残された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る