07.終わった仕事、新しい仕事

 落ちていた白百合をトキが回収した。それを眺め眇め、呟く。


「白菊と同じく、生花だな」


 何事か応えようとしたが、それより先に喧騒と生きた空気が戻って来る。行き交う決して多くは無い人々が、傘も差さずに突っ立っている自分達をちらと見ては過ぎ去って行く。


「取り敢えず、車に戻らない? というか、車まだ動くのかな……」

「ああ、動く。帰りは徒歩じゃなくて良かったじゃないか」


 鵜久森の一声で、怪異と相対する前の状態に戻る。即ち、運転席に鵜久森が。助手席にはミソギ、後部座席にトキが座っている初期配置だ。

 車に乗り込んで早々に鵜久森が口を開いた。


「色々疑問が残るが、『不幸女』の言っていた『あの女』というのは『キョウカさん』の事じゃないか? というか、『豚男』と関わりがあるのなら、それ以外には無いと思う」

「恨み言吐いてましたね。それに、あの怪異……ベールの下が記述されている怪談ってありましたっけ?」

「いや、無かったと思う。怪談にとってみれば、そこは重要な事じゃないからな」


 つまり、『不幸女』には本来必要の無いはずのオリジナルな設定が勝手に生えて付随しているという事になる。しかし、それは不自然だ。何か要因が無ければ、怪異は勝手にその姿形を変えたりはしない。


 それに、『不幸女』のベールの下。恐らくベールはあの人ならざる状態の顔面を隠す為に被っていたのだろうが、明らかに事故でそうなったとは思えない。誰かに手を加えられたかのようだ。


「ふん、考えた所で何か分かるとは思えんな。相楽さんに投げた方が良いだろう」

「お前、すぐに上司を頼るのは良く無いぞ! どうして少しは自分で考えようとしないんだ!」

「貴様の頭にはおがくずでも詰まっているのか? 考えても分からない事を延々と考え続けるのは時間の無駄だと言っている。ああ、もしかしてアレか? 考えても分からない事を考えても分からないという事か?」

「そういう事じゃ無い!! ややこしい言葉を使うな!!」


 ――何か喧嘩始まったんだけど……。

 この人達に状況の打開を図るのは無理かもしれない。面倒なので巻き込まれないように口を閉ざしたまま、アプリを起動する。そのまま相楽に教えて貰った『三怪異』のルームに入った。

 そこに今起きた事と、白百合の件、キョウカさんの手掛かりを素早く打ち込む。


 アプリを見ている同僚達はある程度、暇と余裕がある者達だ。待機組、とでも言えば良いだろうか。

 そんな彼等には当然心にゆとりがあるので、現地の人間が思い付かないような事を思い付く事がある。それが案外当たるのだから、世の中分からないものだ。


『白札:相互性が見えて来ないよな』


 返信はすぐにあった。事態が動いたからか、アクティブが多いからか。チラホラと考察するようなメッセージが並ぶ。


『白札:そもそも『キョウカさん』って何の怪異なのさ』

『白札:ぶっちゃけ、全部の怪談読んでみたけどこいつ等って単品では一切関わり無いと思われ。キョウカさんっていうのは、この独立した三怪異の中で扇の要的な部分を担ってるんじゃないのか?』

『白札:え? じゃあ、個々は関係無いけど、それぞれが『キョウカさん』っていう怪異とは関係あるって事? そっちの方があり得なくない? 誰か裏にシナリオライターとかいるだろこれ』

『白札:つか、そんな事言ったらいきなり脈絡無く怪異が三つも打ち上がった事がすでに奇跡だわ。誰がこんな噂流してんの? 実在する人間がモデルなの? こいつ等』


 雑談とも考察ともつかないメッセージが流れて行く。さながら、蜂の巣を突いたような騒ぎっぷりだ。

 ――と、不意にかなり珍しい青色の吹き出しが上がる。


『青札:いや、良い具合に荒れているね。報告してきた赤札ちゃんはまだ見ているかな? 怪異の落とし物は捨てないように、きちんと保管しておくんだよ。相楽さんが着いているし、言うまでも無いとは思うけれど』

『赤札:見ています。保管しているのでご安心下さい』

『青札:ああ、そうだよね。じゃあ、引き続きよろしく』


 ――これはミコちゃんじゃないなあ。

 青札は赤札以上に希少価値が高く、恐らくこの文を打っている人物とも知り合っているはずなのだが、誰なのか出て来ない。


 おい、と不機嫌そうな声が耳に届く。トキの方を振り返ると、彼はやはり偉そうに足を組んでいた。


「一度支部に戻るぞ。それを保管庫に預けなければならないし、相楽さんにも報告する必要がある。だからさっさと車を出せ、鵜久森」

「ええい! お前の下らない言葉遊びに付き合っていたんだろ!」

「やかましい。ギャアギャアと騒いでいる暇があるのなら、手を動かせ」


 怒りが臨界に達したのか、無言で鵜久森が車にキーを入れる。彼女の心境を体現するかのように、エンジンが唸りを上げた。

 アプリを一旦落とそうと再びスマホに視線を移す。


「あ?」


『赤札:お疲れ様! すまないが、こちらも手伝ってくれ。支部で待ってる! 早く終わってくれて助かったよ』


 『不幸女』討伐に際し、絡んで来たあの赤札だとすぐに思い至る。

 爽やかに告げられた、絶妙に拒否権を認めない文言にミソギは頭を抱えて、そして呟いた。


「十束ぁ……余計な仕事増やしやがってもう……!!」

「十束!? 奴が何か言って来たのか?」


 グルルル、と呻るように食いついて来たトキを「何でも無いよ」、と一蹴したミソギは盛大な溜息を肺から絞り出すように吐き出した。ブラック企業も真っ青の圧倒的な仕事量。見合う給料を貰っていなかったらとうにバックレている事だろう。

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