幕間~お嬢様と外伝風短編だってよ!~
領都の日々 そのいち
「なんだァ? ずいぶん
カウンターに置かれたナイフを鞘から抜いて手に取り、蠟燭の照明にかざしながらドワーフの鍛冶師――スレヴィは小さく鼻を鳴らした。
「あら、ちょっと使いすぎちゃったかしらね」
カウンターを挟んで向かい合う、やたらと見目麗しい少女は「最近ちょっと握りがしっくりこなかったのよね」と軽くつぶやいた。
さらっと言ってくれたが、これまで様々な武器を作り、手入れもしてきたスレヴィからすればそんな単純な話ではない。
「バカ言っちゃいけねぇ。ちょっとなんてもんじゃないぞ。どんだけナイフで殺
――酷使したんだ?」
いつもの調子で続けかけたスレヴィはふと正気に戻って言葉を濁した。
付き合いやすさからついつい忘れそうになるが、目の前の少女がただの客ではないと思い出したのだ。
「あのね、親父さん。わたしをいったいなんだと思ってるの?」
少女が不満そうに視線を向けてきた。
怒ってはおらず、こうした会話のやり取りを楽しんでいる気配がある。というより、否定のひとつくらいしたらどうだと思う。
「俺はそんなに口数が多いほうじゃねぇ。だが、それでも嬢ちゃんを語り尽くすにはひと言じゃ無理だ」
「……変に言われるよりよっぽど堪えるわね」
目の前で苦い笑みを浮かべている少女――アリシアとスレヴィは、王都にいた頃たまたま知り合った間柄だ。
あの時は大身商家の娘が気まぐれで鍛冶屋へ冷やかしに来たのかと思ったが、すぐにその認識が大間違いだったと気付かされた。
居合わせた無礼な冒険者を瞬く間に叩きのめすわ、街のスリどもの指をへし折りまくるわ、人さらいまでぶちのめして大事な娘を助けてくれるわ……で訳がわからなかった。
聞けば大身貴族――公爵家のご令嬢だというからもう許容量を超えてしまった。深く考えるのをやめたともいえる。
頼まれた特注のナイフを納めたら、そこで付き合いも終わりだと思っていたからあまり深く気にしないようにしていたのもある。
結論から言えば、それは大きな間違いだった。
いや、運命の大きな分かれ道だったのかもしれない。
「それで今日は何の用だい。領主代行サマともなれば忙しいだろうに」
ナイフはたまたま目についたから見せてみろと言っただけで、肝心の要件をまだ聞いていなかった。
「だーかーらー。そんな他人行儀に呼ばないでよ、親父さん」
アリシアは小さく頬を膨らませた。
せっかく面倒臭いしがらみとは関係ないところで知り合えたのだ、可能な範囲でいいからかしこまって欲しくない。もちろん自分の立場上、それが難しいということも理解している。
「これでも十分砕けた態度だろ」
スレヴィは鼻を鳴らして答えた。
たとえ冗談でも役職で呼ばない方がいいらしい。態度には出さないが、アリシアのことを気に入っている鍛冶師のドワーフはそっと心に刻みつけた。
「そうだった。わたしのナイフを直してもらうついで――いえ、こっちが本題かしらね。装飾を減らした実用的なものを100本くらい作って欲しいのよ。納期は2週間ね」
「100本を2週間で? そりゃまた大きな話だな」
スレヴィは眉を寄せた。
なにも剣を作れという話ではない。刃物として見たらそう大した仕事ではなかったがいかんせん数が多い。
ひとりでやろうとするのは無理があるだろう。
「急に必要になったのよ。トラブルではないけどね」
申し訳なさそうにアリシアは言った。
スレヴィに頼んだナイフは訓練中隊の兵士たちに支給するためのものだ。
出自――身分どころか種族までバラバラに集まっている。彼らに一体感を持たせるには同じ武器・同じ衣服といったものが必要だった。
「厄介事でないならいいんだが即答はできねぇ。待ってろ」
答えたスレヴィはカウンターの奥――
重い扉を開けると、金属を叩く槌の音などが耳にうるさく響いてくる。
これが王都でしがない鍛冶屋を営んでいたスレヴィの人生を大きく変えた場所だった。
「あ、親方!」
「お疲れ様です!」
働く工員――ほとんどがドワーフたちから声がかけられ、スレヴィは鷹揚に頷いて手を掲げた。
そう、今の彼はアルスメラルダ公爵領工廠総責任者となっていた。言うまでもなく大出世だ。転がり込んできた身分だがそんなことは口にしない。
部下も増え、彼の双肩にかかる責任も増えているが、元々従軍経験もあり下士官の下っ端として隊を率いたこともあるため大きな負担とはなっていない。
「ステファン! いるか!」
「なんでしょう、工廠長!」
スレヴィに呼ばれ作業の監督を止めて近寄ってくる壮年のドワーフ、彼が副工廠長のステファンだった。
「軍向けのナイフを100本、2週間でやる。使えるヤツを集めろ。芸術肌のやつは要らん。なるべく品質のばらつきを抑えたい。やれるな?」
否はない。問答無用だった。抱えた工員の実力を知っているから言えるのだ。
「――やります。逆に大きな案件を待っていたくらいですよ。みんな楽はしてなくてもやりがいのある仕事は久しくしてませんからね」
「わかった。頼む」
両者がにやりと笑い合う。極めて簡潔な、まさに職人同士のやりとりだった。
「2週間でやる。誰かに取りに来させてくれ」
カウンターへ戻ったスレヴィはぶっきらぼうにそう切り出した。
「無理を言うわね。お願いするわ」
「構わねぇ。やりがいのある仕事を求めていたところだ。さすがにいきなりだったがな」
たまたま暇だから良かったようなものだ。
最近はクリンゲルの商工会からの依頼を受けることもあり、タイミングが悪いと工員がそちらに割かれてしまっている。
「脅すわけじゃないけど、これくらいで驚いてもらっちゃ困るわ。いずれはもっと必要になるだろうし、より複雑なものも作ってもらうことになるんだから」
アリシアが視線を向けると、随伴していたアベルがカウンターの上に大きな紙を広げた。
中身をざっと見たスレヴィの目が瞬時に細まり、次いでアリシアを見る。
物を作ることいに取り憑かれた鍛冶師の目だった。
「……嬢ちゃん、私兵でも持つ気か?」
国盗りでも始める気か? とは問わなかった。
もしそうだとしても、彼女なら単なる内乱に陥るような回りくどい手段を選ぶとは思えないからだ。
「半分正解かしらね。領軍とは違う形で動く、戦いのための部隊よ」
「そのために必要なものか。見た感じ、この複雑な機構は物を飛ばすためか? だが弓じゃねぇな」
アベルの眉が小さく動く。さすがの理解力だった。物を作り出すにおいて、ドワーフは神に愛された種族といえよう。
「今度実物を見せるわ。木工職人と鍛冶職人の両方が必要になる。金属加工の難易度は相当高いと思うわ」
やれるかしら? アリシアは挑むような視線を向けた。
「やるさ。こういうものを待ってたんだ」
歯を剥いてスレヴィは笑った。剛気な笑みだった。
「そういえば今日は娘さんは?」
「娘は学校だ。夕方までは帰ってこねぇ。あんたのおかげだよ」
「面と向かって言われる面映ゆいわね」
「そこは誇ってくれ。なんなら多少偉そうにしてもいいくらいだ。炊き出しや暇な時間にちょろっと学問を教えてくれる教会じゃ到底できねぇことだ」
今はまだ領都だけだが、公爵領では子供の教育に力を入れ始めている。この世界では子供とてある程度の年齢に達すれば立派な労働力として社会に参加していく。
しかし、それでは過去からの繰り返しでしかなく、本当の意味で豊かにはなっていかない。領主として与えるべきは目先のものではなく、将来的により大きな豊さを生み出す知識であるべきなのだ。
「下心がないわけじゃないわ。読み書きや計算ができるだけでもうちの文官や商家の戦力にもなるからね」
「結果が伴えば誰も文句は言わねぇよ。とにかく仕事は進めておく。さっきの図面についてもまた教えてくれ」
「ええ、準備させておくわ。多分、ナイフの受け取りが終わってからになるけど」
そう告げてアリシアは工廠を後にする。
「さて、次は仕立て屋ね。いくらかかるやら」
「色々費用はかかりますが、こればっかりは仕方ないかと」
アベルが答えた。
MCX機能を使えば、海兵隊の野戦服はいくらでも手に入る。
だが、それに頼ってばかりでは領内に金が行き渡らない。倹約とケチは違うのだ。
せっかくアンゴールとの交易が始まり、様々な品物が流れ込んでいるのに、それを領民が買えずに他所の領地へ流れてしまったのでは意味がない。
この街は、より大きな交易の中継点として成長するべきなのだ。
「やるしかないわね」
自分自身の顔を売るのと同時に、目に見える利益まで商人に提示する。そうでなければ人はついてこない。
これもまたアリシアが考える、領主代行としての新たな試みだった。
※第2部は依然未定ですがちょろちょろ外伝投下したいと思います。
採用はともかく「こういうサイドストーリーを読みたい!」とかあればコメントくださいませ。
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