第84話 卒業してもズッ友だよ!


 ――—―なんというか、驚くほど退屈な式よねぇ……。


 そんな気持ちが表に出ないよう表情筋を懸命にコントロールしながら、アリシアはこみ上げてくる欠伸を噛み殺す。


 先日公爵領を訪ねてきた友人シャルリーヌも近くにいるはずなのだ、公爵家令嬢たるアリシアの生徒としての席次はほぼほぼ最前列となっており、彼女を探すために視線をさまよわせるわけにもいかない。


 ちなみに、アリシアの座る位置からさらに上座にはウィリアムの姿があった。

 家格を考えれば彼の近くに座るはずなのだが、そこは極めて“高度に政治的な事情”が働いたのか、王族を最上位として他の公爵家と侯爵などを適宜混ぜる変則的な席順になっていた。


 今さらもう気にしてなんかいないわよ……。


 ある意味すべてを失いかけたが、それも今となっては過去の話だ。どうでもいい。

 アリシア自身はそう思っているのだが、ウィリアムがアリシアのことをガン無視しているからか周りは相当に根深い問題と捉えており、下手をすれば国を割る内乱に発展するのではないかと恐れているらしい。

 そんな過剰とも思える配慮が彼女の気分を滅入らせていた。


「式の開始に際して――――」


 アリシアが内心で抱く感情など誰も知らないまま、司会進行役を務める学園講師の言葉が静寂を湛えた空間に響き渡る。


 こうして卒業式が催されてはいるものの、それはけして規模の大きなイベントではない。

 端的に言ってしまえば、卒業資格を満たした生徒が講堂に集まって話を聞くだけの粛々とした式典といってもいい。

 アリシアが感じているように退屈との誹りは免れないが、それにも理由があった。

 学生の能力によってその後の進路もある程度でがあるが千差万別となるのだから、皆が皆お祭り騒ぎといくわけにもいかないのだ。


 昔はそれなりに騒いだりもしていたようだが、とある公爵家の子弟があまりにも才能に恵まれず進路も決まらず婚約者も決まらずで大騒ぎとなり、それが原因でこのような当たり障りのない式典に変わってしまったらしい。

 要するに「面倒事に巻き込まれるのは御免なので、パーティーがしたければ仲の良い者同士で勝手にやってくれ」ということなのだろう。

 学園としても、単なる慈善事業としてやっているわけではないという無言の抗議だったと思われる。


 ともあれ、そのような歴史もあって、式典の内容は地球のそれとさほど変わらないといえた。


 まずはヴィクラント王国国歌を斉唱。

 この世界にはオーディオ機器といった便利なものはないため、わざわざ楽団を呼んでのオーケストラ付きである。


 なんとも贅沢なことだと、起立して国家を歌うアベルはここ最近の事務仕事のせいで湧き上がってくる眠気を堪えながら思う。


 ちなみに、彼はアリシアの従者ではあるものの、同時に学生の身分も有しているため卒業生として式典に参加している。

 式では家格で座る位置が区切られているため、アリシアの近くに控えているわけにはいかなかった。


 見たところ大丈夫そうだな。


 退屈そうにしているもののアリシアの様子は至って平静だ。

 いっぱしの殺戮兵器キリングマシーンに生まれ変わった今、この程度のことで感情を動かされたりはしないのだ。


 国歌の演奏が終わると、学園長の式辞。続いて国王の代理をはじめとして、生徒を送り込んできている各国または教会の使者から祝辞が読み上げられていく。


 それが終わると、ある意味のメインイベントである生徒代表の答辞だ。

 今回は第二王子であるウィリアムが行うようで、王族らしい優雅な所作で壇上へと登っていく。

 そう遠くない将来に国主となること、またそのための教育を受けているのこともあって、淀みなく言葉を紡いでいくウィリアムの凛々しい姿は、来賓の目に王国の次代を担うに相応しい者として映ったことだろう。


 だが、その一方で、見る者――—―アリシアやアベルのような目敏い人間は、彼の表情がいまいち優れないことに気が付いたかもしれない。


 ――—―あー、あの様子だと不満なのかしらねぇ。


 そんな“元カレ”の姿を見たアリシアはすぐに諸々の事情を察した。


 もしも生徒代表として選ばれるための条件が成績上位者――――主席だけであったなら、白羽の矢は間違いなくアリシアに立っていたはずだ。

 しかし、さすがに暫定王太子の第二王子が在籍しているにもかかわらず、それを差し置き、しかもその人物から婚約破棄を受けたアリシアを生徒代表として壇上に立たせるわけにはいかなかった。それでは真正面から王家にケンカを売っているに等しい。


 そもそも卒業生はヴィクラント王国の人間だけではない。

 学園が置かれている国の王族が生徒代表になれないなど、他国に舐められるためのネタを自ら提供しているようなものだ。

 紛れもなく王家に対する忖度である。まこと“高度に政治的な事情”が働きまくったといえるだろう。


 ――—―まぁ、こんなものだってわかってはいたけれど。


 周りに聞こえないようアリシアは小さく嘆息する。


 もちろん、これは自分が選ばれなかったことへの落胆ではない。


 すっかり海兵隊に毒されてしまったとはいえ彼女も貴族の一員だ。貴族社会特有ともいえるそのあたりの繊細な部分については理解もしている。

 アリシアが覚えているのは、たとえわずかであってもこの結果に不満があると表に出してしまっているウィリアムへの失望に近い感情だった。


 政治的配慮がなければ生徒代表になれなかったと理解をしているなら、せめて今だけでも感情を押し殺して、二度とそのような失態を犯さないようにするのが筋というものだろう。

 個人の性格? そんなもの、国を背負う王族の免罪符となるはずがない。


 いち国家を支配するだけの強大な権力と財力を手にするがゆえに、なにかあった場合にすべての責任を負う立場となるのだ。

 お膳立てされたことが気に入らないなどと甘ったるいことを考えていること自体どうかしていると言いたくなる。


 ――――この勢いじゃ、またぞろ面倒事が起きそうね。


 この時、アリシアが抱いていた感情はまさしく正論と呼べるものだった。

 一度貴族としてすべてを失いかけながらも、それを周囲の奮闘と、なによりも本人の不屈の意思により手離さずに済んだ経験。それが、彼女を世間知らずな貴族令嬢から領主代行を任されるまでに至らしめたのは間違いない。


 そういう意味で、


 その強さゆえに領主や国主のような責任を負う支配者に対する理想像――――幻想を抱いてしまい、根幹にある“問題”に気付くことができなかった。

 

 さらに言うなら、

 誰もが彼女のように強靭な意思で逆境を脱したり、あるいは弱さを克服できるわけではない。

 時に環境が人を大きく変えることもあるが、やはり生まれ持った資質という要素も少なからず存在する。


 本来迎えた歴史があるとすれば、この卒業式を含めた一連のイベントはウィリアムとレティシアが内乱を収めた功績を讃える場所にとなるはずだった。


 だが、今起きている現実はそうではない。

 アリシアは叛乱を起こすどころか外部の敵勢力を相手に奮闘してウィリアムなど比較にならぬ武功を上げ、学園の成績でも実際は主席の座を勝ち取った。


 つまり、アリシアが闇堕ちすることなく強くなってしまったことこそ、この世界線にとって最大のイレギュラーだったとも言える。


 いずれにせよ、時間の流れが止まることはない。


 王子と公爵令嬢の婚約が破棄されてしまったこと、王室派と貴族派の対立がにわかに激化してしまったこと、そしてなによりアリシアが絶体絶命の窮地を乗り越えてしまったこと。


 これらがほぼ同時期に重なってしまったある種の不幸が、この国が迎えつつある分岐点の方向性を決めようとしていた。



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