第32話 うちの娘、脳筋になってねぇ?



「さて……ふたりとも、どういうことか説明してもらえるだろうか」


 例の倉庫強襲から数日が経って、王都の屋敷にやって来たクラウス。

 彼は、現れるや否やアリシアとアベルを自らの部屋へと呼び出し、開口一番厳かな口調でそう切り出した。


「あー……お父様、そのですね……」


 さすがに、実父であるクラウスを前にしてはアリシアも幾分かかしこまってしまうようだ。

 額に冷汗を浮かべており、どういう風に喋ったらいいかわからない様子である。


「閣下、それにつきましては私から……」


 アリシアに代わってアベルが助け舟を出し、これまでの諸々をクラウスに説明すべく語り始める。


 そう、主従仲良く人攫いの拠点へと襲撃をかけ、組織を壊滅させた上に第二王子派閥の重要人物に損害を与えてやったまではいいが、そこから先が問題だった。


 昨夜目撃したものとアベルが“尋問”によって手に入れてきた情報、さらには回収してきた羊皮紙に書かれていた内容――――諸々の情報を整理してみたところ、これまた一気に扱いが難しくなったのだ。


 いくら大身貴族が絡んでいる可能性があるとはいえ、ただの人身売買を目的とした犯罪組織の犯行ならまだ良かった。

 だが、背後で聖光印教会が動いているとなると話は大きく変わってくる。


 当然のことながら、この国の中だけで済む問題ではなくなってしまうからだ。


 こうなってしまうと、もう自分たちだけで片付けられる話ではない。

 そう判断したことから、一連の事態についてクラウスに話さざるを得なくなってしまったのだ。


 そうして詳細を聞くために王都へすっ飛んで来たクラウスは、娘がことの詳細を聞かされ、はじめは大きな衝撃を受けていた。


「アリシアもアベルも……。私はその人攫い組織の調査までは許可した。だが、ここまで危険な真似をしていいと許した覚えはないのだぞ……」


 アベルから伝えられた情報の内容があまりにも予想外のこと過ぎて、クラウスは盛大に溜め息を吐き出す。

 それを見てアリシアが身を縮こまらせる。

 これで領地に強制送還なんてことになってはどうしようもないと。


「……だが、こうなれば話は別だ」


「えっ」


 驚きの表情を浮かべるアリシアを尻目に、クラウスはすぐに表情を変えると、アリシアたちが持って来た情報をどう使うべきかを考え始める。

 このあたりは、高位貴族として陰謀渦巻く政治の世界で長年生きて来た経験がものをいったのだろう。


 それと同時に、ここ最近はまったく感じることのなかった“なにか”が、クラウスの内側から湧き上がってくるのを自覚していた。

 期待と不安がぜになったような不思議な感覚。


 ――――これが“権力”の甘い毒か。


 自分の愛娘アリシアと、ここ最近になって我が子を見ているような感覚すら持ちつつあるその従者アベル。そのふたりが厄介きわまりない面倒を引き起こしてくれた。


 まったくどうしてくれるというのだ。下手をすれば自分が尻拭いをせねばならないではないか。


 だが、そんな感情の中でもクラウスはふたりを褒めてやりたい気持ちでいっぱいだった。


「いや、敢えてこう言わせてもらおう。とな!」


 数秒前とは打って変わって表情を変え、満足そうな顔で目の前の愛娘アリシアその従者アベルに笑みを見せたクラウス。


 自分の生まれ育った国は、世代交代に失敗しかけ一気に傾き始めて――――いや、早くも衰退の気配さえ見せ始めている。

 増すばかりの内憂に、外の国々は虎視眈々と我らが領土を狙っているのだ。


 どうにもならない手詰まり感の中、ずるずると坂道を転がり落ちていくような気分でいたクラウスだが、急な光明が差し込んできたような錯覚すら覚えていた。


「これでこの国に対する教会の影響力を削ぐことができるぞ……!」


 ついに内心で荒れ狂う感情が溢れ出したか勢いよく叫ぶクラウス。

 もっともそれと同時に、彼は軽い頭痛に襲われてもいたのだが。


 婚約破棄された傷心の娘が、なんとか上手く立ち直ったようなのでしばらく好きにさせておいたら、王都の人攫い組織を壊滅させて関与している教会の証拠まで持って来たのだ。

 しかも、従者とセットでやらかしたときたものだ。


 ……はっきり言ってわけがわからない。


 とはいえ、結果だけを見ればそれを帳消しにして余りあるとんでもない“大戦果”だ。

 すぐに頭痛もどこかへ飛んでいき、クラウスは踊り出したいくらいの気持ちになっていた。


 国軍の西部方面軍を預かるアルスメラルダ公爵として、聖光印教会の存在は常に目の上の瘤であった。

 明らかに教会として関係のない荷物をどれだけ運んでいようが、国境を警備する部隊には教会の権威を嵩に一切の積荷の検品をさせないのだ。

 いち国家とあろうものが、教会のご機嫌を損ねないように“配慮”しているとはなんという体たらくかとさえ思っていた。


「とはいえ、教会の目的が気になるな。辺境ならともかく、わざわざ権力の集中する王都でやる意味がわからん」


「いいえ、お父様。おそらく、そこは逆の発想ゆえでしょう。農村など人の少ない地方でやると領主を抱き込みにくいからではないかと」


 こういう場では珍しくアリシアが口を開いた。

 いい加減気を持ち直したのもあるが、いつまでもアベルに任せておくわけにはいかないと思ったのだろう。


「ほう? それは?」


 クラウスも今までにはなかった娘の発言を促すべく視線を送る。


「人が少ないということは労働力や税収に直接影響しますし、王都の然るべき部署に直訴されるとさすがに厄介ですからね。王都なら、こういう言葉は使いたくありませんが、財を持たない民がスラムなどに少なからずいますから」


 状況を冷静に分析したアリシアの言葉にクラウスは感心せざるを得なかった。

 いつの間にか、娘の思考形態までが今までのものと大きく変わってきている。

 これがアベルの施した訓練の成果なのか、それともあくまでそれを切っ掛けに本人が成長したということなのか。


「……なるほど。いなくなっても比較的問題のない人間を狙っているということか。神の前での平等を謳う組織のやることとも思えんな」


「彼らにとって平等なのは、“お布施を払えるヒト族”限定なのでしょう。いや、それですらお布施の多寡で序列をつけているようですが」


 アベルが横槍とならぬようタイミングを見計らってアリシアの言葉を引き継いだ。

 それを受けてもアリシアに気にした様子はない。


 元より、細かいことについてアベルには自分と同等に近い発言権と裁量権を与えているからだ。

 特に司祭の尋問を行ったのもアベルであるから、彼自身がクラウスに対して報告するのが一番であろう。


「そうだな。しかし、需要があればこそ、ああもなるのだろう。早期に対策を練ろうとしなかった各国のツケだよ」


 クラウスはこの国の現状を代弁するかのように苦々しい表情で語る。


 教会はその教義にもっとも近い“聖属性”の魔法使いを囲い込んでいる。

 聖属性魔法は高位であればあるほど、即死以外の傷病を治癒できるようになる。

 それに見合った魔力を消耗するため便利とは一概に言えないのだが、地球ですら不可能な四肢の欠損や破壊された臓器を治癒できるとなればその需要は凄まじく高いものとなる。


 そんな魔法使いを、教会は各国からお布施という形で集めた莫大な資金力により、普通に軍で働く魔法使いよりも高待遇で迎え入れていた。

 紛れもなく人材の引き抜きでもあるのだが、長い歴史の中で教会の影響力が高くなりすぎていて、どの国であっても直接文句を言うことはできなくなっていた。

 下手に文句を言って国から引き上げられた日には、その国は国際社会における地位を大きく損なうことになる。


 主権国家であるはずなのに、いつしかグローバル企業に逆らえなくなっていたようなものだろうかとアベルは思う。


「耳の痛い話ですな。教国からの留学生も学園内にいる才能を発掘するための斡旋者リクルーターと見て良いでしょう」


「利用されているのだよ、社会の構造的欠陥をな。貴族主義に凝り固まった我が国よりも、教国の方が程度の差はあれ才能次第で出世もできる。それに対して、我が国では抗策も貴族の血統の中から高位魔法使いを探し出すくらいしかできていない。これでは後手に回っているだけだよ」


 基本的に王国と似たり寄ったりの各国は、苦肉の策として“教会に好感を持たない”という割と難しい条件且つ貴族の血縁の高位魔法使いを囲い込んで、なんとか最悪の事態だけは回避している状態なのだ。


 余談だが、アベルはある意味ではその高位魔法使いに該当している。

 召喚魔法を属性として分類できないために『無属性』扱いらしいのだが、無から有を生み出せる召喚魔法の使い手に対して無属性とは考えが浅すぎるとアベルは嘆息していた。

 同時に、その程度の認識でいてくれた方が、警戒視マークされにくくて助かると思ってもいたのだが。


 実際、彼我の戦力差をバカ正直に知らしめてやる必要などない。見誤った戦力差が、最終的にダメージとなって返ってくるのだから。

 そもそも、戦いは戦場だけで行われるものではないし、それどころか常日頃からその渦中にあるという認識がなければならない。

 それこそが平時の戦略だとアベルは前世の時に教わっていたし、自身もまたそう思っていた。


「いずれにせよ、私がした司祭からは王国民誘拐の目的までは聞き出せませんでした。あれだけやっても吐かなかったということは、知らされていなかったということになりますね。これ以上は王都の責任者クラスが知っているかどうかというところでしょうか」


 アベルの尋問とやらの内容が気になったが、クラウスはそこに言及する勇気はなかった。


「ふむ。もし知っているとすれば司教――――いや、責任者たる大司教クラスだろうな……。しかし、この人攫い自体を素直に認めるとは到底思えないな……」


 どういうルートで攻めるべきかと考えるが、国内で問題にしようとすれば要らぬ火種となる。

 せっかく解決の糸口を見つけたにも関わらず、光明が遠ざかる感覚にクラウスは頭を抱える。


「お父様、そうであれば直接出向けばよいのです」


 アリシアが口を開いた。そこに先ほどのまでの委縮した様子は微塵も見られない。

 発言にしても思いつきで言っているのではなく、何か意図があってのもののようだった。


「アリシア……お前、まさか……」


 その意図するところに気が付いたクラウスは、信じられないものを見るような目でアリシアを見る。

 アリシアはそのクラウスの視線に対して、悪戯を思いついたような表情を浮かべて口を開く。


「わたくしに策があります。中途半端に賢しい相手には、それなりの対処方法がありましょう?」



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