第24話おっさんキラーやってます



「こんにちはー」


 ちゃんと来訪を告げるために声を出しながら、アリシアは店のドアを開けて中に入る。


「……おぅ、お嬢ちゃんか」


 ずいぶんと覇気のない声がアリシアたちを出迎えた。

 カウンターの向こうに腰を下ろしているスレヴィの様子がこの前と違うことに気がつく。

 変だなと思いつつも、アリシアはまず用件を切り出すことにする。


「例の品物を受け取りに来たわ。でき上がっているかしら?」


「……あぁ、この通りな」


 ごとりと重厚な音を立ててカウンターの上に置かれるナイフ。

 そちらについてアリシアは特に注文は出していないものの、しっかりとなめされた上質の革製の鞘に収められている。

 もしかしてこの革もこの職人街の誰かに手配してくれたのだろうか。丁寧な仕事にアリシアは嬉しさがこみ上げてくる。


「少し張り切っちまったからな、今朝方には出来上がっていたよ。おかげで少し寝不足だ。まぁ、これは俺の自業自得だが」


 あくびを噛み殺しながら答えるスレヴィ。


 ……そういうことか。

 アリシアは、てっきりなにかトラブルでも起きたんじゃないかと思ってしまった。


「あら、無理させちゃったみたいで恐縮だわ」


「構わねぇさ、好きでやったことだ。それよりも仕上がりを見てくれ」


 わずかに急かすような言葉になっているあたり、早く依頼人アリシアに完成品を見てほしくて仕方がないのだろう。

 そんなスレヴィを見てアリシアは内心で苦笑しながら、置かれたナイフに手を伸ばす。


「じゃあ、早速拝見させてもらうわね」


 留め金を外して鞘から静かに引き抜くと、隠されていたナイフの刀身が露わとなる。

 横で見ていたアベルは、その仕上がりにほぅっと溜息を漏らす。それはアリシアも同様であった。


 良い砥石で磨き上げられたと思われる刀身は処女雪を思わせる輝きを放ち、鏡面のようになってアリシアの瞳の色までしっかりと映し出している。

 刀身の肌のキメの細やかさからも、上質の鋼をしっかりと鍛えて作られた逸品のようだ。

 実用重視と最初に言っておいたので、柄の装飾こそ過度にならない控えめな程度に収まっているものの、美しく光る刀身と合わせて見れば程よいバランスとなっている。


 しかし、問題はその形状だ。

 片刃ながらも刃渡り二十一センチほどの刀身は存在感があり、肉厚の峰部分にギザギザの溝のようなセレーションが刻みつけられ、さながらノコギリの刃のようになっている。


 そう、アリシアはアベルから受けたナイフの知識をもとにして、手打ちのサバイバルナイフを作らせたのだ。

 本人としては自分のデザインしたナイフが現実のものとして手に入ったため、思わず口元に深い笑みが浮かんできてしまう。


 アベルとしては、その笑みが猟奇殺人鬼のアレに見えてしまい、少しだけ刃物関係の講義をしたことを後悔する思いに駆られていた。

 ナイフを見てニヤニヤ笑う貴族令嬢とか百パーセントアウトだろうがと。


「素晴らしい仕上がりだわ。実用性を重視しているのに造りも綺麗で」


 本当に満足そうな顔を浮かべながら、「これなら腰に吊るしておけるわね」と心の中で付け加えるアリシア。

 アベルがもの言いたげにしているなんてまったく気が付いていない。


 たしかに、アリシアには今もスカートの中に隠しているM6銃剣ベイオネットのように、アベルが彼の固有魔法で召喚してくれた武器もある。

 だが、あれは明らかにこの世界のものには見えないし、実用的過ぎるため、日ごろから他人に見えるように持ち歩くわけにはいかないのだ。

 だからこそ、騎士が腰に佩く剣のようなものがアリシアは欲しかった。


 すっと手に吸い付くように馴染んでくるナイフを眺めながら、アリシアはこのドワーフに依頼して大正解だったと感じていた。


「本当に期待以上の出来。ありがとう、おじさん」


 スレヴィへとにこやかに微笑みかけながら、アリシアは控えていたアベルを見ると従者の手本のような動きで懐からなにかを取り出す。

 そっと渡された革袋をカウンターに置くと貨幣の音。それを聞いたスレヴィが怪訝そうに眉を上げる。


「おいおい、もう代金はこの前まとめて――――」


「正当な対価よ。要望よりもずっといいものを作ってくれたぶんはきちんと色をつけて払わないと。受け取って。もし気がひけるなら、それは今後のお付き合いへの投資だと思ってくれたらいいわ」


 頑固そうな顔には似合わない困ったような表情を浮かべていたが、やがてスレヴィは礼を言ってそれを取る。

 その顔には依然として苦笑とも困惑ともつかない笑みが浮かんだままであったが。


「まったく……。初めて会った時から思っちゃいたが、本当に豪気で型破りなことをするお嬢ちゃんだ。どうせ余所でもそんなことをしているんだろう?」


 アリシアに向けたスレヴィの言葉にはなぜか確信の色があった。


「……それはどうして?」


 たずね返しながらも、なんとなくアリシアの頭の中でパズルのピースが繋がったような気がした。


 もしかして――――。


「前回来た時、ちっちぇえ花売りから花を全部――――籠ごと買っていっただろう。ありゃ俺の娘だ」


「えっ、娘さんなの!?」


 さすがに「家族がいたの!?」とは訊かない。頑固さから想像ができなかったとはいえ、その程度の思慮分別はアリシアにもある。


「あぁ、俺のたったひとりの家族だ。……少しでも家計の助けになればとやっちゃあいるが、俺に似ず変に気が利きやがる」


 不意を突かれて驚きの表情を浮かべるアリシアを見てにやりと笑うスレヴィ。

 これで少しは? とでも言いたそうな雰囲気だ。


「まぁ、そうなの……。ところで今日は?」


 やられたとは思うものの、アリシアは素直に驚いて見せる。

 べつに貴族同士の会話じゃないのだ。腹の探り合いなんか必要ない。


「あぁ、いつも通り花を売りに出かけてる。実入りのいい仕事が入ったから、しばらくはやめとけと言ったんだがな。今週いっぱいはやるって言っていた。頑固な部分だけ似ちまったみたいでな」


「でも、父親想いのいい娘さんじゃない。来る時は見かけなかったけれど……」


「あぁ、来る時に会わなかったんなら、別のところで売っているんだろう。日も傾き始めたし、そろそろこの近くに戻ってきているとは思うが」


「そう、帰り際に会えたらいいのだけれど」


 アリシアは本心からそう言った。


 あの花はちゃんと屋敷の部屋に飾ってある。気に入ったからまた買い足したいのだ。

 今回もラウラに頼めばしっかりと屋敷の彩りに活用してくれるだろう。


 最初はただの気まぐれから始まったものだったが、こう色々と繋がってくると運命のようなものを感じてしまう。

 出会いの切っ掛けなんてそんなものでいいのだ。


「まぁ、次は普通に買ってくれたらいいさ。籠ごと買うなんてどこのお貴族様かと思っちまうぞ」


「あら、あれがわたしの普通よ? ちょっと派手めなのは自覚もしているけれど」


 言葉に混ぜられたを華麗にスルーしながらアリシアがさも心外そうに言うと、スレヴィは腹を抱えて笑い始めた。


「……ダメだ、お嬢ちゃんには敵いそうもねぇや。わかった、アンタの気の済むようにしてやってくれ」


 降参という具合に両手を上げるスレヴィ。

 なんら含むもののないその豪快な笑顔は、アリシアにとっても見ていて気持ちのいいものだった。



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