第16話悪役街道まっしぐら!



 今後のことをあれこれと思案しつつ訓練場を出たアベルは、そのまま高位貴族が使う馬車の停留所に向かって行く。


「先にお戻りになられていたらよいものを……」


 そこにあるものを目にしたアベルは小さな声でつぶやいた。


 アベルの視線の先には、アリシアが登下校に用いている馬車が停まっていた。

 どうやら、彼女の従者が戻るのを待っていてくれたらしい。


 歩いて帰るのもやむを得ないかくらいには考えていたんだがな、とアベルの顔に苦笑が浮かぶが、それはまんざらでもなさそうな表情にも見えた。


 ついでとばかりに周りと見ると、王都にある別宅から通える身代を持つ家の馬車はそのほとんどが姿を消していた。


 みな、家路につくのが早い。いや、電気もない世界だ同然のことか。


「……しかしまぁ、ドライなことだ。もうちょっとうちの主人の優しさを見習ったらどうなんだ?」


 王家の紋章がついた馬車やその他諸々も見当たらなくなっていたので、ウィリアムたちはとっくに帰ってしまったようだ。

 戻るのを誰も待っていてくれないとはずいぶんと薄情な連中だな……とアベルはギルベルトに少しだけ同情してしまいそうになる。


「あら、思ったより早かったのね」


 馬車の中に入ろうと取っ手に手を伸ばすと、それより早く向こう側から扉が開けられる。

 アリシア直々のお迎えだった。


「お待たせいたしました。……まぁ、私の本分は医者ではなく従者ですので」


 主人からの出迎えを受けて内心ではぎょっとしつつも、アベルはそれを見抜かれぬよう普段通りの表情を作ってさらりと答える。


「よく言うものだわ。あの泣く子も泡を噴いて倒れる“鬼教官殿”が」


 クスクスとアリシアは笑う。

 欲していた類の回答をアベルから得られたのか、アリシアは意地悪な物言いをしながらも満足気な表情を浮かべていた。


 ずいぶんな言われようだと思いつつも、それをある種の賛辞として受けながらアベルは中へと入る。


「座って。……さて、帰りながら話しましょうか」


 広い馬車の中で、アリシアの勧めを受けてアベルは向かい合う形に腰を下ろす。

 少しだけ姿勢を正してから、御者に出すよう背後の壁を叩いて合図を送ると、ゆっくりと馬車が動き出した。


 馬車の振動が伝わる中、アリシアが口を開いた。


「それで、彼はどうだったの? 大丈夫そうだとは判断したからあの場を離れたのだけれど」


 あのままいてもギャラリーの想像を余計にかきたてるだけだったでしょうし……とアリシアは内心で続けた。


 周りにアベル以外の人間がいないことで、アリシアは貴族令嬢にしてはかなり砕けた口調となっている。

 あの新兵訓練以降、アリシアはアベルとふたりきりの時はこういった口調で喋るようになってしまった。

 どうも過度な言葉の装飾は、話を進めるうえで無駄だと思うようになったらしい。


 ちょっとやり過ぎただろうかとアベルは思うも、普段はちゃんと貴族令嬢をやっているので知らなかったことにしたい。


「特に問題はないでしょう。意識もはっきりしていましたし。ただ、脳を揺らされているので安静にしているように指示を出しましたが」


「そう。であれば問題はなさそうね」


 短くつぶやくように漏らし、アリシアは興味を失ったように外を向く。


「思ったよりも気にかけられるのですね」


 アベルの言葉に、ピク――――とアリシアの横顔の中で眉が動いた。

 もちろん、彼はそれに気が付かないふりをする。


「……そんなんじゃないわ。わたしが殴って殺したなんてことになったら困るでしょう?」


「まぁそれはさすがに……」


 アベルは曖昧に返す。


 当然ながら、死人が出たら困るどころの話ではなくなる。

 貴族の子弟同士のいざこざでそのようなことになろうものなら、学園どころかこの国にとってもどうしようもない醜聞となってしまう。


 それはアリシアもギルベルトも、両者ともにわかっていたことであった。

 だからこそ、アベルはアリシアがそのような言葉を使った真意を量りかねていた。


「それに、あんなことがあった後じゃ、事故を主張しても殺意を疑われてしまうわ。復讐劇なんて、ゴシップ好きの貴族たちが騒ぎ出すいいネタよ。まぁ、今回のだけでも十分でしょうけれど……」


 さすがに、本気でそうしたらよかったなど思っているわけではないのだろう。

 冗談交じりに大袈裟な物言いをしてアリシアは苦笑する。


 おそらく、アリシア自身もどういう表情を浮かべていいかわからないのだろう。

 というよりも、今更になってどのように彼らと接するべきか、その判断がつきかねているのかもしれない。

 『王国の将来のために第二王子の派閥を崩壊させる』などという計画は、彼女の父親であるクラウスとアベルの間で考え出したことでしかないのだから。


「先に仕掛けてきたのはあちらからですがね。テラスでの目撃者もいる。騒がれるほどに向こうの立場が悪くなるのでは?」


「どうかしらね。腐っても王子は王子――――しかもこのままでいけば末は国王よ? そこを刺激したいなんて思う人間がどれほどいるか。そもそも――――」


 アリシアは一度言葉を切る。


「立場なんてものを考えてくれる人間が集まっていれば、こういう事態にはなっていないと思うのだけれど……」


 彼らがもう少し賢明な判断ができるようであれば、これ以上余計なことにならぬようカフェテラスでもアリシアを無視するくらいのことはしていただろう。

 あるいは、自分たちがアリシアに“勝った”と思っていたからこそ、あのような振舞いに出たのか。

 アリシアにはわからなかったし、理解したいものでもなかった。


「むしろ、これでより悪化しないか気になるくらいよ。こちらはもう彼らの相手なんかしたくもないのに」


 本気でうんざりしているのかアリシアは大きく嘆息する。 


「鬱陶しいものですね。これでもまだ向こうからなにか仕掛けてくるのであれば、それこそすべて退けるべきでは?」


「それも。でも、学園にいるうちは所詮“子どもの争い”よ。考えの足りない者たちの、ね。命を狙われたわけでもないし、事を荒立てる必要はないわ。命を懸けるに値する戦場ではないもの」

 

 心の中に少なからず存在する、すべてを鉛弾でサクっと片付けてしまいたい気持ちを押し込めるように、アリシアは窓の外を一度見る。


「でも、アベル。ちょっと脳筋――――じゃなかった、海兵隊マリーンの思考が表に出過ぎじゃないかしら? わたしたちはちゃんと貴族もやらないといけないのだから」


 それから視線を戻したアリシアが放った言葉は、ある意味では自分自身へ向けた言葉でもあるかのようにアベルは感じられた。

 少なくとも、あそこでギルベルトの挑発に乗ったことに対して、後悔はしていなくとも幾分かの反省はしているのだ。


「おっと、これは失礼いたしました」


 そんなアリシアの言葉を表面の部分だけ受け取って、アベルはおどけたようにして謝罪の言葉を返す。

 アベルが気を遣ってくれたのだと察したアリシアも口元に小さな笑みを浮かべる。


 馬車の中に流れる雰囲気は当初のままである。

 なんだかんだと物騒な単語が飛び交ったりはしたものの、両者の会話は訓練以降にできた新たな関係における軽口の応酬であった。


 それを裏付けるように、両者の表情には少しも深刻なものは含まれていなかった。


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