第14話 エマージェンシー! ”騎士”の鼻っ柱を粉砕せよ!
それからおよそ三十分後――――。
学園の隅にある剣技訓練場にアリシアとアベル、それにギルベルトはいた。
この訓練場はいつ来ても人が少ない――――というかほぼいない。
はっきり原因を述べてしまうと、平民では騎士としての門は狭く剣術に躍起になる人間は少ないし、貴族であればわざわざ学園に来てまで汗水を流したくないので尚更だ。
おそらく利用するのは、学生の中でも本当に数の少ない“貴族の中で騎士を目指そうとする人間”くらいだろう。
そんな背景もある上に、すでに陽が傾きつつある時間ということもあって、ここはアリシアたちの他には誰もいない貸切状態となっていた。
実に都合がよかった。
アリシアもギルベルト、どちらもこの学園の制服を着たままだが、アリシアはすでに足元を革靴から動きやすいジャングルブーツへと変え、激しく動いても下着が見えてしまわないようスパッツを履いている。
これらはすべてアベルが『海兵隊支援機能』を使って用意したものだ。
「アベル、M-14と
「はい、アリシア様。すでにこちらに――――」
アベルはアリシアからのオーダーを受けると同時に、あらかじめ持ち込んでいたライフルケースをそっと手渡す。
「ありがとう」
小さく笑みを浮かべてアベルに礼を言うと、アリシアは受け取ったケースの留め具を外し、中から収められていたM-14を取り出す。
さすがに学園に相棒を持って来るわけにはいかないため、今回はアベルがこれまた『海兵隊支援機能』にて用意したものを使っている。
浮気じゃないからね……と屋敷で自分を待つ“愛銃”に心の中で謝りつつ、アリシアは明日からせめて馬車の中にでも積んでおくべきかと真剣に考え始めた。
「……素晴らしいわ、
手入れの完璧さを称賛しつつ、アリシアは続けて銃口部に専用のM6銃剣――――の刃が強化ゴムで作られた訓練用タイプを取り付け、この決闘用の武器として仕上げていく。
それから、最後に銃剣がちゃんと装着されたのを確認し、軽く振って全体の具合を確認した後に、ゆっくりと軽く腰を落として構えの姿勢をとってみる。
「うん、イケるわね――――」
当然のことながら、M-14に
それでも、念のためアリシアは
もしも今回は“相棒”ではないにしても、自身の命を預けるライフルの整備に不備などがあった日には、ふたたびアベルが鬼教官に変貌しかねないからだ。
それに、なにかの間違いで弾丸が入っていて、打撃の衝撃などで暴発した場合、最悪7.62mm×51NATO弾によってギルベルトの頭が爆ぜたスイカのように吹き飛んでしまう。
一瞬それでも――――と思いかけたアリシアは、自分の脳内に降って湧いた思考を振り払う。
さらっと物騒な考えが出てくるあたり、自分が海兵隊に相当毒されているような気がしたのだ。
「どうしてもやられるおつもりですか」
一方、向かい合うギルベルトは訓練用に刃を潰した片手剣を腰から抜いて右手に握っていた。
あれが向こうの得物なら、もしアリシアが怪我を負ったとしても、大したことにはならないだろうとアベルは思う。
これが大型の両手剣であったならば、さすがにアリシアを止めなかったかは少しばかり怪しくなる。
アリシアの言う“鬼教官”こそ
しかし、その“ふたつの視点”から見てもアベルは断言できる。
「動けなくなるか、先に降参した方の負けでよろしいかしら?」
ゆっくりと歩を進めながら、アリシアはギルベルトの言葉を無視して勝敗条件について尋ねる。
気絶するか死ぬかでいい? と咄嗟に口に出さなかった自分を褒めてあげたくなる。
そんなアリシアに対して、ギルベルトは気の毒なものでも見るような目を向けてくる。
おそらくは、あの時のショックでおかしくなってしまわれたのだろう――――とでも言いたげな目でもあった。
アリシアはなんだか釈然としなかったが、もしかするとそれが一般的な生徒が彼女を見た上で覚える認識なのかもしれない。
「ええ、それで構いません。しかし、そんな短剣付きの
「殿方がいつまでもごちゃごちゃとうるさいですわね。……わたくし、あなたとこんな場所までお喋りをしに来たわけではありませんことよ?」
吹き込んできた風に髪をなびかせながら、ブォン!と風切り音を上げるライフルを振って、ギルベルトの言葉を遮るアリシア。
同時に向けられた翡翠色の鋭い視線が、言葉を続けようとしたギルベルトを真正面から射抜く。
「くっ……! ならばお望み通り――――」
最初に動いたのはギルベルト。
それはアリシアの放った言葉の勢いに突き動かされたようでもあった。
さすがに“疾風の剣騎士”と学園で持て囃されるだけのことはあって、ギルベルトは瞬く間にアリシアとの距離を詰めていく。
その足の運びは驚くほどに速い。
ちょっと挑発しすぎたかしらとアリシアは思う。
あっという間にアリシアの間合いまで踏み込んだところで、一切の躊躇もなく上段から真っ直ぐに振り下ろされるギルベルトの一撃。
通常なら、これだけで対応できる人間が限られるであろう見事な動きだ、と離れた場所から戦いを見守っているアベルは思う。
しかし、急接近を受けるアリシアはその場からは動かない。
その状態のまま、アリシアはギルベルトの動きに自身を合わせるかのように、握り締めたライフルを左右の腕を素早く動かして縦回転。
そうして左の肩口を狙ったギルベルトの振り下ろしを、絶妙なタイミングで下から跳ね上がった銃床の肩当て部分が受け止めた。
「なっ!?」
反射的に漏れ出た声とともに、ギルベルトの顏に驚愕の表情が浮かび上がる。
当人としては、今の攻撃でアリシアに“杖”を取り落とさせ、そのまま終わりにするつもりだったのだろう。
剣術にはそこまで詳しくはないが、たしかによい勢いの振り下ろしだったとアリシアは思う。
さすがに鎖骨が折れたり砕けたりはしないだろうが、数日は青あざの残る打撲ぐらいにはなりそうな威力を秘めた一撃だった。
……でも、これは手加減されたのかしらね。
本来なら、勢いをつけて踏み込んだところから上段の攻撃にスイッチさせるには、数瞬の余計な動作が必要になる。
しかし、横薙ぎの攻撃であったならそれすらも不要だ。
一発で終わらせようとしたのかもしれないが、同時にこの動きにアリシアは対応できないと思われたのだろう。
騎士道のつもり? 実践してのけるなんて見上げたものだけれど、
コケにされたとばかりに獣のような剥き出しの殺気をぶつけると、攻撃されると錯覚を起こしたギルベルトが慌てて飛び退こうとする。
それを確認したアリシアは、その姿勢から一歩踏み込んで腰を落とす。
……少し意識した動きよりも遅れてしまったかしら。
しかし、それはそれで構わない。
そのままアリシアは、今度はライフルを横に回転させ、銃剣部を使った横薙ぎの斬撃をギルベルトに向かって放つ。
悪くないが――――
ふたりの攻防を眺めていたアベルが予想した通り、それは決定打とはならなかった。
銃剣の刀身部を形成する強化ゴムは、ギルベルトの剣を握る右手の甲を撫でるだけに終わる。
「くっ!」
熱と痛みが走ったのかわずかに顔をしかめているギルベルト。
あの様子だとしばらく軽い擦過傷くらいは残るだろう。
しかし、今の攻撃こそ上手くいかなかったものの、アリシアの動きはアベルが想定していたよりもずっと上をいっていた。
これならもしかすると――――などと考えていると、にわかに人の気配。
もちろん、戦いをつづけるふたりはそれに気がつかない。
まずいな……とアベルは一瞬どうするか迷うが、この戦いの審判を任されている以上、ギャラリーが近付かないよう追い払いに行くことはできない。
そんな中、いよいよ戦いが動く。
「これしきで!」
自身を鼓舞するようにギルベルトは叫ぶが、もしこれが実戦なら今の一撃で手の甲の健は無残に斬り裂かれ、剣を握ることなどできなくなっている。
しかし、その事実には一切触れず、今度はアリシアがギルベルトの懐に潜り込むべく鋭い踏み込みで追撃を開始。
「!?」
まさかギルベルトも、アリシアの方から攻めてくるとは思ってもいなかったのだろう。
つまるところ、ギルベルトの中ではアリシアは剣術など関してはイマイチどころかまるでぱっとしない印象のままでいたのだ。
それが、この模擬戦におけるギルベルトの勝敗を分けた。
自分自身が前へ進もうとするように――――。
「女がか弱いなんて意識は、生ゴミの日に捨てることね……!」
獰猛に笑うアリシアの表情を間近に見たギルベルトの背筋に特大の寒気が走る。
マズいと思った時には咄嗟に剣を振るって迎撃していたものの、接近され過ぎていて勢いが乗りきらない。
それどころか、自分に迫る相手の“杖”が剣の走る軌道を邪魔をするように存在していたため、思い描いた通りに振るえない始末であった。
そして――――
自重と回転の勢いを利用して襲いかかったライフルの肩当の部分が、ギルベルトの下顎を掠めるようにして打ち抜いた。
「ぶぐっ――――」
一拍遅れるようにして漏れ出るギルベルトの苦鳴。
激しい衝撃と痛みがギルベルトの顎と頭部に走り意識を揺らすも、「これしきの痛みくらい!」と涙目になりながら強引に踏みとどまる。
そんなギルベルトの視界の中、互いの間合いを確保するべく後方へと下がっていくアリシア。
追撃もない。
この女、もう勝った気でいるのか。
ならば、ここからの反撃で今度こそこの戦いに決着をつけてやろう!
「――――なんっ?」
だが、不意にギルベルトを襲った違和感によって口から困惑の言葉が漏れる。
大地を踏み込む足が突如として沼地に沈み込んだように感じられた瞬間、剣騎士は身体に力が入らなくなって地面に激突するように倒れていた。
本人からすれば、突然目の前に現れた
いつの間にか数を増やしていたギャラリーからどよめきが漏れる。
傍から見れば、ギルベルトは自分からその場に倒れ込んだように見えたことだろう。
しかし、地面に崩れ落ちた当のギルベルトはまったく動けそうにはない。
あまりにも異常な事態であった。
「もしかして……」
遠巻きに眺めていたギャラリーのひとりが小さくつぶやいた。
その様子から、これがアリシアの打撃によるものだと直感的に理解できたであろう。
アリシアが用いたのは、銃剣術――――ライフルの先端部に銃剣を装着してそれで白兵戦・近接戦闘を行い敵を殺傷する武術だ。
剣術とも槍術とも異なる手法で、ライフルを操る
「――――それまで!」
ギルベルトが行動不能になったと判断してアベルが止めに入る。
視界の中で、世界が錬金釜の内部で混ざり合う液体のように回転しているギルベルトは、それに文句の声すら上げることができないでいた。
「よく顎や前歯を砕かずに済ませられましたね」
ギルベルトには聞こえない音量で、アベルはアリシアに感心したような声をかける。
アリシアの身体は、訓練で鍛えられた筋力以外にも身体の内部を循環する魔力により、瞬発力だけで言えば鍛え上げられた戦斧使いに匹敵する膂力を発揮することができる。
もし全力の一撃でギルベルトの顎を打ち抜いていたとしたら――――彼は莫大な医療費をはたいて高位治癒魔法でも受けない限り、もう二度と物を噛んで食べることができなくなっていたであろう。
あるいは、顔面に直撃していれば脳に深刻なダメージを与えていたかもしれない。それこそ命にかかわるような。
「あら、心外ね。それに、
自身で掴み取った勝利の喜びから、にっこりと笑みを浮かべるアリシア。
しかし、その笑顔の中に幾分かの獰猛さが混ざっているのをアベルはしっかりと目撃していた。
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