第13話 久し振りに“キレ”ちまったよ……


「あれはいったいどういうおつもりでしょうか、アリシア様」


 ようやく面倒くさい集団の茶番劇から解放されたと溜め息を吐き出そうとしたところで、アリシアに向けて投げかけられる声。


 なによ、まだなにかあるの……?


 うんざりする気持ちを抑えて声のした方を向けば、レティシア――――もといウィリアムの取り巻きのひとりが残っていた。


 あら、この方はたしか――――。


 ギルベルト・ジルバ・ゼーレンブルグ。

 さらりとした銀色の髪の毛が美しく、身体の線もかなりほっそりとしているため、見る者に抜き身の剣を思わせる鋭い印象を与える容姿。

 アベルやウィリアムとは別のベクトルで美少年と言える。


 まぁ、ウィリアムの取り巻きをしている時点で、美少年だろうが美中年だろうが自分の“敵”に変わりはないのだが。


 ちなみに、アリシア自身まったく彼に興味がないため覚えていなかったが、古くから王宮騎士を輩出してきたゼーレンブルグ子爵家の嫡男で騎士団団長の息子でもある。


 そして、“あの時”アベルに地面に這わされた人間の片割れでもある。


 アリシアにはその程度の認識しかないものだから、「なんだまだいたの?」と思わずにはいられない。


「あら、ギルベルト様。ご壮健なようで。……それで“どういう”とは?」


 軽い社交辞令混じりの挨拶と一緒に、アリシアはわずかに首を傾げながら疑問の言葉を返す。

 アリシアには、ギルベルトの発言が意図するところが本当に理解できなかったのだ。

 それを受けたギルベルトはわずかに眉をひそめる。


「なぜ殿下たちわれわれに席をお譲りにならなかったのかということです」


 一瞬、アリシアはギルベルトが何を言っているのか理解ができなかった。

 いや、脳が理解を拒んだといってもいい。


「……おっしゃられている言葉の意味がよくわかりませんわ」


「なにを白々しい……。王子殿下の前でありましょうに。王族派と貴族派の不和の元となるつもりですか? でムキになられるものでもないでしょう?」


 ギルベルトの呆れたような物言いに、ピキ――――ついに我慢を重ねていたアリシアの頭の中でなにかの音が鳴った。


 この男、女子とはいえ公爵家に名を連ねる者の譲歩を「安いもの」扱いしてくれたのか。

 それも、あの婚約破棄の時点で王族派が貴族派の面子に盛大に泥を塗ってくれたことを棚上げにして。


 アリシアも公爵家の令嬢として育てられてきただけに、自分の身分にはそれなりの矜持を持っている。

 それに加えて、先日の新兵訓練ブートキャンプにより海兵隊員マリーンとして育て上げられたことで、名誉に関しての意識は以前にも増して強いものとなっていた。


 それらが混ざり合い、アリシアの中から怒りの感情を呼び起こす。


「なるほどなるほど……。わたくしの譲歩が大したことないと。騎士団団長の御子息でいらっしゃるわりには、ずいぶんと相手の名誉を軽んじなさるのね、ギルベルト様は」


 さすがに滅多なことでは怒りの感情を露わにしないアリシアも、ここまでいいように言われては黙ってなどいられなかった。

 少し意地の悪い言い方だとは思いつつも、怒りが先行してなじるような言葉遣いになってしまう。


「たかが席ひとつでしょう」


「あら、先日なにがあったかもお忘れですか? ずいぶんと軽い記憶力ですわね。その様子だと、もしかして振るわれる剣も同じように軽いものなのかしら?」


「なっ――――! いかに公爵家のご令嬢とはいえ、騎士の名誉を貶すような発言は看過できません。撤回していただきたい……!」


 アリシアの言葉に激昂するギルベルト。

 人に譲歩を求めるわりに、ずいぶんと忍耐に欠けているとアベルは横で見ていて嘆息しそうになる。


 一方、それを真正面から眺めるアリシアは、思わず「あなたはまだ騎士団の団員に任命もされていない、ただの学生でしょうが」と呆れ顔で返しそうになっていた。


 それとも、よもやこの男は“レティシアの騎士”にでもなったつもりでいるのだろうか?

 アリシアは、ギルベルトの頭の中が見事なまでのピンク色に染まってしまっていることを知り辟易としてしまう。


 学園で人の目もあるからやりはしないが、これがもし海兵隊仕様モードであったなら、どんな罵声が飛び出たかわからないほどだ。


「それほどまでにおっしゃるなら、いっそのことその剣とやらにかけて問われてはいかがかしら? 言葉だけでそのように凄まれても、なんら説得力がないですわよ、ギルベルト様?」


 いい加減会話をするのが面倒になってきたアリシアの宣言に場の空気が変わる。

 それまで横合いで黙って聞いていたアベルの眉さえもがわずかに動いた。


 しかし、それはアリシアを心配する類のものではない。

 どちらかというと「やるのですか?」と確認するようなものだった。


 その視線を受けてアリシアは、アベルにだけわかるように静かに頷く。


「本気でおっしゃられているのですか? そもそも、私は剣術の成績ではこの学園では首席の――――」


「くどいですわよ。それとも恥をかきたくないのかしら? でも、その気持ちは。わたくしも、あなたがたに床へと這わされた経験はなかなかに堪えましたから」


 得意なのは口だけかしら? と言外に言いつつ、にこりと氷点下の笑みを向けるアリシア。

 そこに含まれた気迫を受けて、ギルベルトは一瞬気圧されたような顔になる。


「……いいでしょう。ですが、そちらから先に申し出をされたのだ。仮に怪我などされても後悔はされませんように」


「愚問ですわね」


 それに、果たしてのはどちらがでしょうね――――。


 ギルベルトからの威圧するような視線を受けても、とうの昔に覚悟を決めたアリシアに怯む様子は一切見られなかった。




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