第3話 初めての異世界?

 お昼ご飯は家族みんなで食べた。お爺ちゃんとお婆ちゃんにもしばらく会えないから、一緒に。

 お母さんが言っていた通り、お父さんはお昼に帰ってきて見送りをしてくれるらしい。

 私はキャリーケースを転がしながら、一〇時にされた説明を思い出す。


 このキャリーケース、実は中身が異空間となっている。中身すべてがそうというわけではなく、六ブロックに分かれているのだ。

 食料、飲料水、着替え、その他。

 それらが、詰め込められている。

 なんでもキャリーケースを神気で少しいじって、魔導具にしたと言っていた。

 お母さんは一般教養ではダメダメだけど、こういう分野はとても凄い。

 研究員として働いているのだから、当然といえば当然かもしれないけど。


 裏庭に着き、そこに赤色で描かれている円形の幾何学模様の中心に立つ。

 赤ペンキの缶が、すぐそばに転がっていた。

 この幾何学模様は、お母さんたちによれば魔術式と言うらしい。


「優花、気をつけてね」


「そういうならお母さんがぱぱっと回収してくれればいいのに」


 口を尖らせてお母さんに文句を言うと、お父さんが前に出てきた。そのまま私の髪をわしゃわしゃと撫でる。


「何かあれば、すぐに連絡するんだ。いいな」


「うん。わかってる」


 お父さんも心配しすぎだ。自分でこうすると決めておきながら勝手な両親だと内心愚痴る。

 お爺ちゃんとお婆ちゃんは一歩引いて微笑んでいて、何か問題が起きることはないと思っているようだった。

 どこからそれだけの信用が、信頼が出てくるのか。

 お父さんとお母さんがフォローするから大丈夫、と思っているのだろう。そろそろ老人ホームも視野に入れたほうがいいかもしれない。


「お姉! お土産持ってきてよね!」


「わかってるってばもう〜。千秋は食べ物でいいんだよね?」


「うん!」


 双子の妹と弟のうち、妹は千秋、弟は陽樹だ。


「優花姉さん。気をつけてね。僕は姉さんが無事だったらそれでいいから」


 まったくこの子は……。

 陽樹は大人だ。本当はいっぱい欲しいものがあるだろうに。きっと、千秋と一緒に育ったから正反対になったんだろうなと思う。


「陽樹にもちゃんと、用意してくるからね」


「うん。……ありがとう」


 やっぱり嬉しいのか、えへへと笑う陽樹を見て俄然やる気が湧いてきた。



「じゃあ、起動させるよ」


 お母さんが手をかざし、お父さんは双子を守るための結界みたいなものを張った。


「世界間転移」


 お母さんのつぶやいたその言葉を最後に、地面が光り輝き始め、私はその光に飲み込まれた。



 光が収まり、閉じていた瞼を持ち上げる。

 空気を吸っても味はなく、匂いもない。無味無臭が辺りを漂っていた。

 目に入ったのは私の知る日本とはかけ離れた立体構造物たち。遠くに見えているものもすべてが立体構造なのだろうと思う程度に、視界にあるすべての建築物が立体構造をしていた。

 一度行ったことがある、仙台駅周辺のようなところだ。

 仙台駅自体も複雑で東京のマルイよりも大きい。駅直結のバス停の上にはまるで蓋をするかのような歩道橋が広がっている。

 その、蓋のような歩道橋が何回層も積み上げられているのが、目の前にある景色だった。でも、見えない区画も多々ある。道しか開放されてなくて、お店とか家とかはまた別なのかな。

 しかもそれらを支えるのは一本の柱だけ。中心とおぼしき場所にしかない。

 日本よりはるかに高度な技術があって進化してきた世界なのだと思った。


「ここが異世界……」


 地球とは違う惑星。異世界だ。本当に異世界があったなんて……。


「見惚れてばかりいられないよね……。確か……」


 確か、お母さんが言うにはまずは生活基盤を整えることが先決だそうだ。

 現地のお金と生活する場所。それから球の欠片探し。

 一〇個に割れたのは、球の自我によって判断された唯一の逃げの手段だとお母さんは言っていた。

 私は思わず、自我があることを再三問い詰めたけど。

 ともあれ、どうやって生活の基盤を築くか。

 悩んで空を見上げると、何か壁のようなものが見えた。完全に空だと思っていたそれは、天井のように見える。


「もしかして、この都市全部を……?」


 だから、空気がこれほどまずいのかな。

 綺麗だから美味しいというのは、違う。

 水道水より天然水のほうが美味しいのと同じだ。

 なにより、この見える範囲には自然がほとんど見えない。道の両端に木々が植えられていたりするけど、林や森といったものはなく、川もない。

 一度、私は神気を解放する。まずはこの場所の範囲を探っておくことも大切だ。


「……っ」


 私が大雑把にでも調べられる範囲は、およそ半径一二〇キロメートル。なのに、壁に到達しなかった。少なくともこの光景が愛知県くらいあることがわかる。


「凄い……こんなに広いのに……」


 そして、球は感知できなかった。

 距離だけの感知のつもりでやったからだろうけど、お母さんの生み出した球は神様の代理が務まるほどだ。

 お母さんに準ずる力を持っていてもおかしくないと思われる。

 それだけの力があれば、この適当な感知でも引っかかるはずなのだ。

 これはお母さんの言ったことになっているかもしれない。


「球自体の行方は、実はわからなかったんだ。でもね、優花。その球が分裂した瞬間の力と方角だけはわかった。だから、だいたいの場所はわかるけど、もしかしたら、惑星一つ分ずれるかもしれない。それに分裂してちょっとしてから、また力が感じられなくなったんだ。たぶん封印か何か、されたんだと思う」


 惑星一つ分ずれるのは勘弁してほしいところだけど、力が感じられないということは、よっぽど近付かないとダメか、封印というものが解除される瞬間を待つか。

 そのどちらかに限られると思う。


「もっと場所、簡単にわかったらいいのに……」


 嘆いても、事は進まない。

 私は足元にある何回層にも積み上がる地面を蹴って、別の建造物にジャンプしていく。

 中心に向かえば、なにかしらあると願って。

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