yoke of Christmas
「今年で本当に最後だな」
そう声をかけて
「
まるでその言葉に応えるように、サクランボにも似た温かみのある赤い光が、小さくちらりと瞬いた。
ルドルフとわしは、パートナーとして長年この仕事を務めてきた。寒風吹きすさぶ中、毎年毎年同じ日に。ルドルフの引くソリに乗り、夜空を駆け回り、世界中の子どもらが眠っている間にプレゼントを配る。そうして幸せを広げることができるこの仕事に誇りを持ってきた。
何より、ルドルフとの間に強固な信頼関係を築けてきたと考えている。ルドルフがまだ子どもの頃から一緒に過ごしてきた。仕事の時だけでなく、寝食を共にし、共に出かけ、共に訓練を積んできた。
楽しいことばかりではなく、うまくいかないこと、辛いこともたくさん経験した。けれど振り返ってみれば、それらをひっくるめて幸せな日々だった。どんな出来事も今となってはいい思い出で…… ルドルフは正真正銘、わしの大切な家族だ。
けれど、やはりそんな日常が恒久的に続くわけはない。ここ数年、ルドルフの体力は目に見えて衰えてきていた。たとえば、頼りの赤い光が明滅してしまい、周囲が見えにくくなり、鳥や飛行機などとぶつかりそうになったことが何度かある。
飛行のスピードも落ち、以前と比べて高く飛ぶことも難しくなってきた。ふらつきもあり、一度仕事中にソリから振り落とされそうになったこともある。咄嗟にソリのへりを掴んだので落下はせずに済んだが、ソリからぶら下がるわしに気付いたルドルフが、大きな口を少し開け、あの丸い目を心なしか悲しそうに歪めた光景が忘れられない。
この子らはわしらよりもずっと早く歳を取る。どんなに避けようと努力しても。
それは当然の理で、わし自身も覚悟はしていた。けれど、いざその時が来てみると…… わしの覚悟など、覚悟ではなかったも同然だったのだと思い知らされた。
それに加えて、近頃世間ではこの子らにソリを引かせるのは動物虐待ではないかという意見も出てきている。わしの同僚にも、ソリを改造して飛行できる機能を付けたという者らがいる。あの子らに引いてもらわなくていいように、という理由で。
虐待。そうかもしれない。世界中の子どもらのためとはいえ、毎年長距離を飛行させ、疲労させる。一般の人らに気付かれないように、決められたルート通りに空を飛ぶための訓練も欠かさず行わなければならないから、一般の家庭で飼われている同種の動物らのように自由に遊ぶこともできない。健康管理も徹底しなければならないから、好きなものを好きなだけ食べることもできない。
我々の都合で、今まで本当に申し訳ないことをしてきてしまった。
もう解放してあげるべきなのではないか。遅かったかもしれないけれど、今からでもルドルフを動物らしく生きられるようにすべきなのではないか。
そう思い、去年を最後に引退させる予定だった。
けれど、今年の初め頃。ソリを改造してくれる業者に送ろうと、ソリ小屋に足を踏み入れてみて、先客がいることに気付いた。
ルドルフが地面から数cmだけ浮き、ソリの周りをふわふわと旋回していた。幼い頃に比べてハリのなくなったレンガのような色の皮膚。くすんでしまったサクランボ色の明かり。
どうしてこんなところにいる? わざわざソリを見に来たのか?
「ルドルフ、お前さん……」
声をかけると、相棒はわしを見返った。頭に生えたものを軽く揺らし、またソリを見やる。ルドルフがわしのパートナーになったのとほぼ同時期に使い始めたソリ。旧式で、あちこちに傷のある、お世辞にもイカしているとは言えない、けれどわしらのもう一人の相棒であるソリ。
もう仕事はしなくていいと、ゆっくり休んでいいんだと、何度も伝えたのに。虐待の象徴であるはずのそれを、ルドルフは見つめていた。苦痛の見受けられない、どこか穏やかそうでさえある瞳で。
ソリに繋いだ
子どもが目を覚ましてしまい、姿を見られそうになって慌ててソリに飛び乗って逃げたこと。
プレゼントをソリから落としてしまい、一緒に地べたに這いつくばって探したこと。
ベッド脇の机に「たべてね」という手紙と共に置かれていたクッキーを分け合って食べたこと。
わしの脳裏に、無数のルドルフとの思い出が去来した。
虐待。そうかもしれない。
けれど、少なくとも。それはルドルフには当てはまらないのだ。
ならば、せめてもう一度だけでも。
世界中を調べ、目井さんという力になってくれそうな医者を見つけた。何度も往診に来てもらい、ルドルフを診てもらった。
初めは「難しいかもしれません……」と言われたが、アドバイスの通りに薬を与えたり、体調管理を心がけているうちに、ルドルフは徐々に体力を取り戻していった。
やがて、「正直、やはり来年以降は難しいと思います。けれど、この調子なら今年は無事にお仕事できると思います」とお墨付きを得られるまでになった。その瞬間のルドルフがぴょん、と小さく飛び跳ねたのを、わしは見逃さなかった。
そうして迎えた12月25日。今年こそ、ルドルフにとって最後の仕事になる。
「……今までお疲れ様。ありがとうな」
その言葉にパートナーは小さく尾を振り、自ら首を軛に入れた。
「よし、頼むぞ!」
手綱を引くと、相棒は鈴の音をかき鳴らし、赤い輝きを放ちながら、ふんわりと夜空に舞い上がった。
翌朝、とある二人の子どもの会話。
「なーなー、お前んところサンタさん来た!?」
「……うん」
「何もらった? 俺はね、ジャーン! 星座の図鑑もらっちゃった! めっちゃ面白かったぞ!」
「……俺は、これ」
「おっ、前から欲しいって言ってた人形か! 良かったな!」
「……うん」
「どうした? 嬉しくないの?」
「いや、嬉しいよ。喜んでるよ。ただ、ちょっと微妙な気分でもあってね……」
「なんで?」
「……もしかしたら俺、サンタさん見たかもしれないんだ」
「えっ、マジ!?」
「うん。夜中目が覚めてね、ボーッと枕元見たらプレゼントが置いてあって。もしかしてと思ってカーテン開けたら、夜空をソリが飛んでいくのが見えたんだ。遠くてよく分からなかったけど、たしかに人が乗ってたし、大きな白い袋もいくつか見えた」
「すげーじゃん! それ絶対サンタさんだよ!」
「けど、もしかしたら違うかもしれないんだよね」
「は? どうして」
「だってね、ソリを引っ張ってたのが、トナカイじゃなくてデカいチョウチンアンコウだったからさ……」
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