my own house
「あの…… どういうことですか、転勤って?」
おずおずと尋ねてくる部下に、私はあっさりと返す。
「転勤は転勤だよ」
一瞬だけ目を点にし、けれど反動のようにわたわたと手を上下に振りながら早口で弁明するように続ける部下。
「え、ええ、はい…… ですがその、急すぎますし…… 何よりその、私、マイホーム建てたばかりでして……」
「だから何? 会社の命令が聞けないの?」
「え? いや決してそういうわけでは。ただその、建てた直後なのにと…… 家族もいるのにどうしたらと……」
「へえ、つまり嫌がらせのために転勤させようとしてるんじゃないかって言いたいんだ。雇ってもらってる分際でそんな風に疑うんだ。ふーん」
わざとがましく言ってやると、部下は一層平静さを失い、早口になった。
「そ、そんなことはないです! あのっ……」
「あーあ、残念だなー。君もいい歳になったんだから、新しい環境で新たな経験を積んでキャリアアップしてもらおうと思ったのに、そんなこと思ってたなんてなー」
「え…… そう、なんですか?」
息を呑む部下。
(扱いやすっ)
吹き出しそうになるのをなんとか堪え、私は続けた。
「そうそう、君を見込んでのことなんだよー。うちの部署一優秀な君を、ね。で、どうするの?」
まあ、どうするも何もないわな。こいつは元々、命令はどんな無茶なものでも断れない
「……このお話、受けさせていただきます」
部下の返事は、案の定だった。
生意気なんだよ。お前ごときがあんないい家建てやがってさ。
でもま、これでこいつはますます会社及び私に逆らえなくなった。ローンの支払いがあるから、クビになるわけにいかないからな。こうしてとんでもない僻地にある部署に転勤させてやってもいいわけだ。
前から気に入らなかったんだよなこいつ。あーあ、これでやっとせいせいする。
どうするんだろうねー、買ったばかりの自慢のおうち。早くもお別れかな? それとも大好きな家族と離れて単身赴任? 寂しいねー。
歪む口元を部下に気取られないように押さえることに気を回していた私は、部下が腹の中で
「何なんですかあの人!?」
部下の転勤初日、朝一でそんな電話を受けた。部下を転勤させた、まさにその部署からだった。
「はい? あいつ、何かやらかしたんですか?」
「やらかしたなんてもんじゃないです! どうしてくれるんですか、業務どころじゃないですよ! あの人が歩くだけで、オフィスどころか町中メチャクチャです!」
「は!? 何があったんです!?」
「だからっ…… うわー!」
ガラガラガラガラ
何かが崩れるような轟音とともに、電話は切れた。
僻地の部署で。転勤させられた部下は、新たな上司となった転勤先の部長を心配そうに見下ろしていた。
「あの…… 大丈夫ですか?」
「大丈夫に見える!? 今君が背負ってる『それ』のせいで天井が崩れてきて、潰されそうになったんだよ!? 転んだだけで済んだとはいえ!」
「ねえー、お腹空いたー」
どこからか、幼い子どもの声がした。
「ああ、冷蔵庫にあるサラダ、食べていいよ」
部下は、自身の背中に貼り付けられたマイホームの中にいる愛しい我が子に向けて、優しく声をかけた。
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