換金
「まーた負けたっ! 強いねー、うおちゃん」
「みなっちだって強いじゃん! 負けそうだったよー」
あの子達もか。
スーパーの休憩スペース。新作のゲームにはしゃぐ声に憂鬱になる。
あの子達は、同じ小学校に通う三学年下の、たしか
あんな年下の子達も買ってもらえたのか。
羨ましい。うちなんて、貧乏だから……
何年も着古したよれよれの服に視線を下ろし、改めて憂鬱になる。
この時期はクリスマス、年末、そしてお正月と子どもがプレゼントをもらえるイベントが連続しているからなおさらだ。
みんなが新しいおもちゃやゲームで遊んでいる中、私一人だけが何も買ってもらえない。
皆の話題についていけず、置いていかれる。
みんなとは違うんだと、仲間外れだと、思い知らされる。
だから、この時期が嫌いだ。
スーパーを出て家への道を進みつつ、悶々とする。
お金が欲しい。お金さえあれば、欲しいものが買えるのに。
みんなと同じ楽しいことができて、みんなと一緒になれるのに。
ふと足元にやった視界に、道端にぬいぐるみが転がっているのが映った。
ふわふわした、鮮やかなたんぽぽみたいな色のキリンのぬいぐるみ。私の握りこぶし二つ分くらいの、小さなサイズ。
まだ新しいんだろうな、それこそ買ってもらったばかりなんだろうな。かわいそう…
「お前んちのヤマアラシ退院したんだって? 良かったじゃん」
「うん、思ったより大したことなくて本当安心したよ」
そんな会話が聞こえてきて、思わずそちらを見やる。
ヤマアラシってすっごく高いんじゃなかったかな。そう言えばこの人達いいお洋服着てるな。
ああ、悪い癖だ。世界中の人みんなが、自分よりお金持ちなんじゃないかって思えてくる…
ダメだ、こんなんじゃ。でも、やっぱりお金がある人がうらやましい。
「お金が無くても心豊かに暮らせる」なんて言うけど、限界がある…
会話を続ける二人から視線を引きはがし、前を向いた。
下の方で、きらりと何かが光った。
「?」
さっきキリンのぬいぐるみが落ちていたところ。
あのたんぽぽ色は影も形もなくなっていた。
その変わり身のように存在していたのは、何枚かの銀色のコイン。
お金! いつの間に?
チラチラと周りの人達を観察する。誰もこっちを見てない。
大急ぎで拾い、ポケットにしまった。
泥棒しているようでドキドキしたけど、一方で今までにないくらい気持ちがワクワクしてもいた。
「みなっち見てた!? 今そこに水たまりあったのに何も感じないで素通りできたの!」
「見てた見てた! 大進歩じゃないうおちゃん!」
「…お水張った洗面器だけは、まだ怖いんだけどね」
「だとしても、平気なもの増えてきたもんね」
「…こうやって自分のした悪いこともだんだん忘れてっちゃうのかな」
「何て?」
「…ううん、何でもない」
次の日曜日、友達の家で。みんなの楽しそうな声に混じって、窓の外からそんな会話がかすかに耳に届いた。
「お前すごいじゃん! これめっちゃ高いやつだろ? うち買ってもらえなかったんだよ!」
「このゲーム、やってみたかったんだよねー!」
「わあ、このお菓子美味しいね!」
友達が私の持っていったおもちゃやゲーム、お菓子に目を輝かせる。
あの日以来、たびたび不思議なことが起こった。
町中や家で、ふと気が付くとさっきまでそこにあったものが姿を消していて、代わりにそこにお金が置いてあるんだ。
文房具でも食べ物でも空き缶でも、何でもいい。
何でもお金に変わっている。私が「大体これくらいだろう」と思う額に。
あのキリンのぬいぐるみの時のように。
おかげで欲しかったものを色々と買うことができた。
日に日に頻度が増してきていて、本当に助かっている。
今までしたことのないことができるようになったし、みんなの話にも普通についていけるようになった。
それどころか。
「あれ、まだそんなところなの?」
友達のゲーム機を覗き込んで言った。画面には序盤で出てくる敵キャラクターが映し出されている。
「なかなか倒せなくて…」
困ったような友達の声に思わず噴き出した。
「えー弱っ! ここはさ、こうすればいいんだよ」
ゲーム機を取り上げて実践してみせる。
今やこうやって、友達より先を進むことだってできるんだ。なんて気持ちがいいんだろう。
お金さえあれば、もう二度と惨めな思いはしない。
貧乏にはおさらばだ。これからの人生は、いっぱいいっぱい楽しむんだ。
「この前ね、
「へえ… お金持ちにはなれるかもしれないけど、大事なものまでお金になっちゃったら困るよね」
「うん、みなっちの言う通りなんだけど、それだけじゃなくてすごく危ないから早く治さないといけないんだって。というのもね…」
今日はまだ何もお金に変わってない。
まあ焦らず、ゆっくり待ってみよう。学校もお休みだし…
床に寝っころがってゲームを起動させた。
レアなアイテムを発見して、テンションがMAXに到達した、その瞬間だった。
ちゃりん
金属が硬いものにぶつかる響き。
きた!
顔をゲームから音のした方にずらした。
何がお金になったんだろう? パッと見部屋の中は異変なさそうだけど…
ちゃりん
まただ。どこから?
ちゃりん
かなり近くな気がするけど…
ちゃりん
マジでどこ? あー、明日発売の漫画買いたい!
ちゃりん
そういえば右手が軽いね。
右手を顔の前に持ってきた。
ちゃりん
人差し指の先っちょが、コインになって落ちるところだった。
小指から中指は、とっくになくなっていて、ごまかすかのように血が噴き出していた。
何てことだ。
お金に血が付いちゃう!
私を幸せにしてくれる、大切な大切なお金が!
とっさに起き上がった。左手で右手を覆い隠し、お金が落ちたのと反対側を向いた。
右手はなおもコインに変化し続け、床にじゃらじゃら降り続けた。血が一緒に降り注がないように必死で抑えた。
そのうち、ちまちましたコインじゃなくて高額のお札に変わり始めた。その分、コインの時よりも手の多くの部分がいっぺんにごっそりとなくなった。
やがてお金になる範囲は、右手だけじゃなく、右腕、右肩、胸、お腹… と全身に広がっていった。着ている服にもだった。
最初は部屋にこぼれまくって色々なところを汚していた血も、いつの間にかみんなコインやお札に変わっていた。
良かった、これでお金は汚れない。
具体的にいくらかは分かんないけど、きっと人間の
ああ、こんなにお金いっぱい…
何して遊ぼっかなあ…
何度呼んでもこの小学生が自室から出てこないのを妙に思った家族がドアを開けた時には、小学生はどこにもおらず、ただ多額の現金だけが部屋中に散乱していた。
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