もう一人

「えーと… はじめまして、ドッペル(Doppel)と申します」


 診察室のあちらこちらに興味深げに、でも緊張気味にチラチラ視線を投げかけながら、ドッペルは名乗った。


「最近身の回りで変なことが起こっていまして、知人にあなたに相談すれば解決してくれるかもしれないと聞いて来ました」


「はい、私にできる範囲のことでしたら何でも。それで、どういったお困りごとなのでしょう?」


 ドッペルは姿勢を正し、話し始めた。


「たまに… 月に1、2回くらいのペースなんですが、知人達が私のそっくりさんを見かけるらしいんです。


 始まりはこの前の4月… 就職のために隣町からこの町に引っ越してきた頃でした。


 隣町で私が歩いてたり、隣町のA社って会社に出入りするのを見かけるらしいんですよ。4月からずっと隣町に帰ってないし、A社にも出入りなんてしてないのに…


 でもみんな、間違いなく私だったって言うんです。

 顔だけじゃなく、服装もバッグも杖も、間違いなく私だったと。

 それでも最初は他人の空似だろうと思ってたんですが、こう何度も続くと不気味になってきてしまいまして…

 正直、実害があるわけでもないのにこんな相談していいのかと悩んだんですが…」


「いいんですよ、なんであれあなたが困っているということは事実なのですから。さて…」

 目井めいさんは顎に手を当て、少し考えて言った。


「この前の4月からということでしたが、その少し前の時期に大きな悩み事を抱えてはいませんでしたか? 特に二者択一と言いますか、2つあるうちのどちらかを選ばなければならないということで迷われたというようなことは?」


「…ああ、ありましたね。あの頃は就職活動をしていて、A社と、この町にあるB社の2社に内定をもらったんです。でもどちらも良さそうな会社だったので、どちらに行くべきかなかなか決められなかったんです。結局はB社を選びましたが」


「それですかねえ…

 時々いらっしゃるんです。2つの選択肢のどちらか一方を選ばなければいけない、でもどちらにしたらいいのか…と強く悩んでいるうちに、『もう一人の自分』を生みだしてしまう方が。

 『もう一人の自分』…仮にこちらをコピー、元となった方のことをオリジナルと呼びますが… コピーの方はオリジナルの方が気付かないうちに、気付かないところでオリジナルの方とまったく同じ容姿、体質、記憶、思考を持った人間として誕生します。そうして、オリジナルの方とは違う道を選んで生きていくのです。

 ドッペルさんの場合は、あなたがB社に行く選択をし、もう一方の方がA社を選んだのですね」


「もう一人の自分?」


「どちらの可能性も無駄にしないために人間が自ら編み出した能力のようなものですね。生物の神秘ですよねえ…」


 なんか浸り始めた目井さんを前にしても、にわかには信じがたい気分だった。

 信じるとしても、なんだか受け入れ難い。

 全てが私と同じ存在が、私が選ばなかった答えを選び、私の知らないところで『私』として生きている。

 なんだか、人生を横取りされているようだ。自分が捨てた選択肢なのだからそんなことを思うのは筋違いかもしれないが…

 それにしても、A社に勤めている『私』か。一体どんな生活を送っているんだろう…


 想像しようとした矢先、目井さんの言葉で現実に引き戻された。

「ああ、それとちょっと嫌なお話ですが、もしもオリジナルの方とコピーの方が出会ってしまうと、例外なくどちらか一方が命を落としてしまうのです」


「はあ!?」

 なぜそれを早く言わない。ただ気味が悪いだけの現象かと思っていたら、命にかかわる事態じゃないか。


「あの、じゃあそのコピーを消すことってできないんですか!?」


「先ほど申し上げた通り、コピーの方もオリジナルの方とまったく同じ容姿、体質、記憶、思考をお持ちの人間です。モンスターでもなんでもないんです。煙のように消すなんてことはできません。

 それに、コピーの方には自分がコピーだという自覚がなく『自分は本物だ』と思ってらっしゃるんです。そんな方を消すなんて余計にできませんよ」


「…」


「でも、もう一方の方に出会ってしまう確率は元々非常に低いですし、出会う確率をほぼ0%にできるお薬もあります。お飲みになりますか?」


「…では、お願いします」


 どこか釈然としないながらも、ドッペルは薬を受け取って帰っていった。




(質問されなかったのでお伝えしませんでしたが、お伝えしておいた方が良かったですかね…)

 ドッペルが帰った後、目井さんは診察室で一人考え込んだ。


(オリジナルの方とコピーの方が出会うと必ずどちらかが亡くなってしまうと言いましたが、あれなんでかというと、お互いに相手に殺意を抱き、一方が亡くなるまで殺し合ってしまうからなんですよね。

 たとえどんなに満ち足りた生活を送っていても、あの時違う選択をした『自分』が今の自分とは違う人生を歩んでいるのを見ると必ず嫉妬してしまうんです。もしかしたら自分がこの生活を送れていたかもしれないのにと。その嫉妬が爆発し、相手を殺したいという気持ちへと変わり… ということなんですよね。


 あともう一つ… コピーの方は選んだ選択肢以外の全てがオリジナルの方と同一なので指紋やDNA鑑定なんかでも区別がつかない上に、ご自身を本物だと思い込んでいらっしゃるので、どちらの方がオリジナルで、どちらの方がコピーなのか判別する方法ってないんですよねえ。




 つまり… 今日来ていただいたドッペルさんが、オリジナルのドッペルさんだとは限らないんですよねえ…


 まあ、本当に、お互いに一生出会いさえしなければ害はない症状なので、お2人がそれぞれ幸せに過ごしてくだされば、それでいいんですがね)

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