本当の親友

「俺の親友がこの前…首斬りスパロウに殺されたのは知ってますよね」


 確かめただけだったのだが、目井めいさんはあたかも自分が犯人であるかのように土下座した。


「本当に申し訳ありません。あなたの親友さんの命をお救いできませんでした。私の力が及ばず、本当に誠に…」


「やめてください。お願いですから、頭を上げて、話を聞いてください」


 謝り続けようとする目井さんを止めた。

 悪いのは目井さんじゃない。親友を殺したのはあの殺人鬼だ。俺が憎んでいるのは、あの野郎だけだ。


「正直、今まではニュースで奴の話題を見聞きしても特に何とも思わなかった。殺人事件なんて自分とは遠い世界の話だと思ってた。

 でも最も大切な人を奪われて初めて、奴が許されない『悪』だって、生きてちゃいけない存在なんだって、はっきりと分かったんだ。…今更遅すぎますけど。


 遠い町からこの町の高校に入学して、最初に話しかけてくれたのがあいつだったんです。友達なんてほとんどできなかったけど、あいつがずっと仲良くしてくれたおかげで楽しく過ごせて…

 高校を卒業して、俺は就職、あいつは大学に進学しましたが、それでも連絡は取り合って、時々一緒に遊びに行ったりもして… 俺にたくさんのものをくれた親友でした。

 なのに、あの人殺しは… そんな親友をこの世から消し去りやがったんです。


 あの人殺しを見つけ出したい。正体を暴いて白日の下に晒して、親友が受けたのの何億倍もの苦痛を味あわせてやりたい」


「警察の方にお任せすればいいのでは?」


「警察なんか誰があてにするんです? 何年たっても奴の正体も何も見つけられないような無能な連中なんですよ?

 あんなのに頼るんじゃなく、俺自身で見つけ出したいんです。まずは親友と関わりのあった人達に聞き込みをして、何か少しでも手がかりを見つけていきたいと思ってるんです。協力して頂けますか?」


「なるほどですね… 分かりました。できる範囲で全力を尽くします。親友さんと関わりのあった方で、お話をしていただける方を探してみます。

 ただですね、あなたのお話を聞いていると首斬りスパロウさんに法的な対処を望んでいるのみならず、個人的な復讐もしたがっているように聞こえるのですが…

 もしそうならいけませんよ? あなたまでひどいことをする人になってしまっては絶対にダメです。

 何より、『生きてちゃいけない存在』なんていませんよ」


 俺は目井さんから視線をそらして答える。

「分かってます。正体を突き止めても奴の心身を傷つけたり、その挙句にひどい殺し方をしたりなんてことはしません」


 俺のを信じたらしい目井さんは安堵したようにうなずいた。


「それなら良かったです」


 そうして、あり得ないことを口にした。

「実は、私もあの方をお助けしたいと考えていたところだったのですよ」


「はっ!? あの方って首斬りスパロウのこと!? 何言ってんですか、人殺しなんて目井さん的には一番許せないことでしょう!? なんでそんな奴を助ける必要があるんですか! あんただって相応の報いを受けさせてやりたいと思ってるはずでしょう!」


 一気に怒鳴ってから、しまった、本音がばれるかもとヒヤリとしたが、目井さんは気付かなかったように続けた。


「ええ、たしかにあの方が現れたばかりの頃は何が何でも絶対に許せないと思っていました。もちろん今でも許せないとは思っています。

 けれど、あの方が次々に犯行を重ねていくにつれて心配になってきたのです。

 食糧にする以外の理由で他者の命を故意に奪うのは最も重い罪なのに、そんな重罪を、しかも何度も犯してしまっていては、日々を幸せに過ごせているはずがないと思うんです。殺人鬼という一面を隠してご友人やご家族と笑いあったりしている時でさえも、心の中では常に罪悪感につきまとわれてしまっているのではないかと。

 それに、あれほどの悪事をあれほど繰り返すということは、何かどうしようもない事情がある可能性も考えられるのではないかと。

 許せないのに救いたい、なんて矛盾していることは承知ですがね」


「…殺人に快楽を覚えてるただ単なる変態かもしれないじゃないですか」


 (普通、こういう時に犯人を擁護するようなこと言うか?)とはらわたが煮えくり返ったが、努めて冷静にそう返すと、正面に座った医師は心なしか寂しそうな表情になった。


「そうでしょうかね…?」




 それから、一月ほどたった。


「ああ、いらっしゃいましたね」


 親友とつながりのあった、様々な人達に行った聞き込みの結果を携えて目井クリニックを訪れた俺に、目井さんは朗らかに笑いかけた。


「調査は進んでらっしゃいますか? 私も先日、またあなたの親友さんについてお話ししてくれるという方数名の連絡先を入手したのですが」


「そのことですが」


 失礼ながら目井さんの話を遮り、軽く息を吸い込んでから俺は告げた。


「俺、聞き込みもうやめたいんです」




「最初に話を聞きに行ったのは親友の大学時代の知人でした。

 その人は親友の悪口ばかり言ってました。『ふざけているだけと称して人の物を隠したり壊したり、変な噂を流して気に入らない人を孤立させたりして笑っていた。あいつは最悪の人間だ』って。

 たまたま嫌な奴に話を聞いちゃった。その時はそう思いました。


 でも、その後も会う人会う人みんなそろって親友のことを悪く言うんです。

 ストーカー行為をしてサークルを追い出された、授業で性差別を肯定するレポートを書いて堂々と発表して、非難されたら被害者ヅラをした、些細なことで暴力沙汰を起こして退学になりかけた、電車内で赤ちゃんの乗ったベビーカーを蹴っているのを見た、町中で目立つ人を見かけたら大げさにモノマネをしてバカにしていた、SNSではいつも芸能人に気持ち悪いメッセージを送っていた…

 その時の映像や写真やレポートやスクリーンショットなんかの証拠もあったりして。


 もうキリがないくらい、次から次へと人としてありえないエピソードが。誰一人として親友を良く言う人はいませんでした。


 あいつがそんなことするはずない。何かの間違いだ。万が一本当にそうだとしても、きっと大学で何かがあって変わってしまったんだ… そう思ったのに、調べていくうちに高校の頃いじめをしていたとか、小さい頃から兄弟にひどいことをしてきたとかいう話まで出てきたんです。

 その兄弟なんて『死んでくれて本当に嬉しかった』とまで言ってました。


 思い出してみたら、高校の頃のあいつのあの言葉は、あの思い出話は、あの行動は、色々な人に対しての悪意を含んでいたんじゃないかって感じ始めてきて…


 もう本当、みんなが言うんですよ。

『あなた、あんな奴の親友だったんですか?』って。じっとりした目で睨みながら。


 だんだんだんだん、俺のずっと大好きだった親友のことを信じられなくなってきて…

 信じたいのに、全ての証言と証拠はあいつが最低な奴だって証明していて…


 俺の信じてきた親友は、本当はどんな人だったのか分からなくなってしまいました。


 高校で友達ができなかったのはあいつと仲良くしてたからなんじゃないかとか、楽しいことをしてる時も、あいつは俺をバカにしてたんじゃないかとか疑わずにいられなくなって…

 あんなに大切だったあいつとの思い出が今はけがらわしく思えてしょうがないんです。


 昨日なんてついには、『あんな悪人を殺してくれた首斬りスパロウは正義の味方なんじゃないか』って思ってしまって、自分でびっくりしたんです。人殺しだって、あんなに恨んでた人のことを…


 だから、もうやめます。


 親友なら誰に何を言われても信じるべきなのかもしれません。

 もっと色々な人に話を聞けば、親友は悪い奴じゃないと思えるかもしれません。


 でもそういうことはできません。

 もう疲れたんです。俺を支え続けてくれた存在にこれ以上裏切られたくないんです。


 目井さん、ご協力ありがとうございました。

 今後はあいつのことはできるだけ思い出さずに生きていきます。

 あと、これからはいい人だと思っても心から信じることはしません。本当は悪い奴かもしれないので」




 黙って話を聞いていた目井さんは、やがて静かに口を開いた。


「あなたがやめたいのなら、それでかまいませんよ。お疲れ様でした。

 ただせめて、これだけは覚えておいてください。

 たとえどんな悪人であれ、人を殺す方は正義の味方ではありませんよ」




 帰路につく患者様の背中を見送りながら、自分自身はこれからも首斬りスパロウの正体と動機を探り続けようと決めていた。


 ひとえに、首斬りスパロウを救うために。

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