読者

「本当にねえ。お世辞じゃなくてストーリーは面白いし文章も上手いしSNSでの宣伝も頑張ってるのに一体何がいけないのか…」

夕食時、津々羅つづらはレストランの向かいの席に座る同僚の小説をスマホで読みながら、思案するように言った。


その同僚、エスクリビール(Escribir)は、机に突っ伏したまま返答の代わりに「う~」と一声唸った。




津々羅とエスクリビールは、昨年の同時期から大手の小説サイトに小説を投稿し始めた友人同士である。

津々羅のつづる「『礼賛』を毎回『れいさん』と誤読してしまう件について」という作品は、常にサイトの人気作品ランキングの15位以内に入るほど多くのファンを抱えている。

一方で、エスクリビールの「『フィット感』と『一斗缶』を間違えてしばらく会話が噛み合わなかった件について」という作品は、評価やコメントをもらったことはおろか、読んでくれている人さえほぼいないという惨憺たるありさまであった。少なくとも津々羅から見た限りでは内容は非常に面白いし、エスクリビールなりに読んでもらおうという努力はしているにもかかわらず、である。


「う~…『面白いだけじゃダメなんだ』とか言うけどさ、ほんならどうしたらええんや…」


津々羅がかける言葉を探す間、机に額を張り付けたままのエスクリビールが再び行き場のない気持ちを「う~」という唸り声にのせて発しようとしたその時だった。


「おや津々羅さん。エスクリビールさんもご一緒で」

「あ、目井めいさん…」

聞き覚えのある親しげな声と、わずかにこわばった同僚の声に顔を上げる。

食事に来たらしいかかりつけ医が隣のテーブルに腰かけるところだった。

「何かあったんですか? お2人とも深刻そうなお顔をされていたので」

「目井さ~ん! 聞いてくれません!?」

エスクリビールは、返事を待たずに愚痴りだした。頑張って書いてるのに、読んでもらえないのは辛いという気持ちを、とりあえず吐き出したかった。目井さんなら津々羅同様に機嫌を損ねずに聞いてくれそうだと思ったのもあった。




翌朝。

「つ~づら~!!! これ見て見て!!!」

先に出社してPCと向かい合っていた津々羅は、朝の挨拶もなしに背後から突然抱きつかれ、勢いで顔面を画面に強打した。


文句の一言も言おうと振り向いたが、しかし差し出されたものを目にし、言葉を忘れて息を呑んだ。


エスクリビールの見せつけてきたスマホに表示されているのは、2人が作品を出しているサイト。そのエスクリビールの作品ページ。

昨日までは閑古鳥が耳障りなほどに鳴きまくっていたそこは、今や一変していた。


『とても面白いです!』


『今までどうして埋もれてたんですか⁉︎ もっと評価されるべきです!』


『あー、こんな傑作が読めるなんて、生まれてきて良かったー!』



「朝起きてみたら、高評価の嵐だったんよヒュー!!!」

普段は無表情というわけではないが、表情が豊かというほどでもない同僚は、この時ばかりは10人中8人が「喜んでいる」と判断するであろう表情で興奮していた。

「すごいじゃん! 高評価だけじゃなくて各エピソードごとにもコメントついてるし! 1人2人じゃなくて50人は何かしら反応してくれたんじゃないのこれ⁉︎ 昨日なんかあったの⁉︎」

自分ごとのように歓喜の面持ちで、しかしそう疑問を呈され、ふと考えた。

「昨日…?」


昨日は… 別段変わったことはなくいつも通りの1日だった。

強いて言えば…レストランでの夕食時にかかりつけ医に小説のことで愚痴っていたら、この同僚が「この後用事があるので失礼します」と途中で帰って…

そう言えば、その後の記憶がない。でも今朝いつもの時間に起きた時も、「今日はなんとなく眠気が取れてないな」と思ったくらいで、特には変なことはなかった…


「ふーん… まあ、個人的な経験だけど、昔書いた短編をなぜかある日数人が急に評価してくれたことがあったからね。それと似たようなもんかも。やっと気付いてもらえたんだよ」

「せやね! 嬉しいことには変わらんわ!

…ただ、お礼に評価とコメントくれた人達の小説読もう思うてアカウント全部見て回ったんやけど、誰も何も作品書いてへんかったんよ。みんな作ったばっかのアカウントらしくて」

「全部そうなの?」

「うん」

津々羅は、評価欄の一番上に表示されているアカウント名をタップした。こうするとそのアカウントのマイページに飛び、今まで執筆した作品や他の誰かの作品へ残した評価やコメントを閲覧できる仕組みになっている。

「…本当だ、確かにこの人小説は何も書いてない。って言うか、あんたの作品しか評価してないね…」

一旦「『フィット感』と『一斗缶』を間違えてしばらく会話が噛み合わなかった件について」のページに戻り、じっと画面を凝視した津々羅は声を上げた。

「あれっ、これ、PV増えてなくない?」

「あ?」

50人は何かしらの反応を示してくれたのだから、閲覧数を示すPVは各話50くらいずつは増えているはず。しかし、慌てて確認してみた実際のPV数は昨日までと変わらず、多い話でも10くらいのままだった。

(ほんまや。じゃあみんな読まずに評価やコメントしてる…? でも、みんな本文読まなきゃ分からないはずのことに言及してるしな… サイト側のバグか?)

だとしたらそのうちちゃんと反映されるだろうと、気にしないことにした。


というか、そこで別の同僚が「聞いてよ! 昨日また麻酔銃撃ち込まれそうになったんスよ!」と入ってきたので、それどころじゃなくなった。




その夜、エスクリビールは自宅でスマホに向かい合っていた。

「やっぱPV反映されとらんな… まだバグってるんかな? まあええわ、今日の分のエピソードを公開してと… よし、これでまたみんな読んでくれるかな…」

期待に胸を躍らせながら、ベッドに入った。




エスクリビールは子どもの頃から、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちる。今晩も例外ではなく、1分もしないうちに寝息が聞こえてきた。


が、それからさらに1分もしないうちに、むっくりと起き上がった。

スマホを手に取り、小説サイトを開く。

一旦マイページからログアウトすると、英数字をランダムに並べた捨てメアドと思しきメールアドレスと、同じく法則性のない英数字からなるパスワードを入力、ログインした。


表示されるのは、なんの小説も投稿しておらず、プロフィールも空白の、しかし、たった1つの小説 −「『フィット感』と『一斗缶』を間違えてしばらく会話が噛み合わなかった件について」– のみを評価し、コメントしているアカウント。


唯一関心のあるその作品ページに飛び、コメント欄に書き込む。


『最新話も面白いです! やっぱり天才ですね!』


まるでエスクリビールとは思えない、はっきりとした陶酔感を浮かべた表情のまま。


その作業が終わると、エスクリビールは… いや、はスイッチが切れたようにガクッとうなだれ、眠りに落ちた。


が、またしても1分もせずに覚醒して顔を上げた。再びサイトからログアウトし、先程とは別のデタラメなアドレスとパスワードで別のアカウントにログインした。


「『フィット感』と『一斗缶』を間違えてしばらく会話が噛み合わなかった件について」のページに書き込む。


『主人公のあの台詞いいですね! 感動しました!』


まるでエスクリビールとは思えない、今にも泣きそうな感嘆の表情を浮かべながら。




その後も、それの繰り返しだった。

一旦の入眠、覚醒、ログアウト、ログイン、コメント。

一旦の入眠、覚醒、ログアウト、ログイン、コメント。

一旦の入眠、覚醒、ログアウト、ログイン、コメント…


それを計50回繰り返した。


最後の50回目、コメントとログアウトを終えた、まるでエスクリビールとは思えない興奮した表情のは、エスクリビールのアドレスとパスワードで再びログインをすると、スマホをもとあった場所に置き、眠りについた。




(喜んでくれましたかねえ、エスクリビールさん)

目井さんは、1人お茶を飲みながら先日手術を施した人物に思いを馳せていた。

(本当に辛そうで見ていられなかったので、あの日脳をちょっといじらせていただいて、エスクリビールさんの記憶を共有する、何があってもエスクリビールさんの作品を評価するだけの人格を50人分入れさせていただいたんですよね。これで主人格であるエスクリビールさんが眠っている間に交互に起きて、作品に好意的なコメントをしてくださってるはずです…

あっ、しまった)


目井さんは、思い至った。


(50人だけじゃなくて、もっとたくさん入れさせていただいた方が良かったですかね?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る