第六十三話 三ノ選! 強力な暗号が解読できない!?

「あたしの超絶スゴい力を見せてあげる!」


 フォイユは自信満々だ。

 暗号を解く力を見せつけるように、手を叩き合わせて開く。


「解読!」


 辺りが激しく明滅して、力が解き放たれ――ない。

 観客が静まり返る。フォイユは格好良くポーズを決めている。

 観客の期待をよそに、何秒経っても、何分経っても、何も起きる気配がない。

 次第に観客は事態に気づいて、ざわめき始めた。


「全然駄目じゃねーかァ!」

「何やってんだァ!」


 ヤジをものともせずに、フォイユはドヤ顔で仁王立ちしている。

 俺の目は、半分虚ろになっていた。

 そんなフォイユも、何も起きてないことに気付いて慌て始める。


「あ、あれぇ? おっかしーなぁ! あんなに徹夜で特訓したのに!」


 フォイユは、ぶつくさぼやいて、手のひらに視線を注いでいる。

 しかし、俺はフォイユを見直していた。一応は頑張っていたらしい。てっきり、トリオン様と組んで何かを仕掛けて来ると思っていた。


「フォイユは、真面目に特訓していたのか……。トリオン様は、俺の勘違いか……」


 けれども、三ノ選はグダグダになってきた。何度やっても、強力な暗号は解かれる気配がない。次第に、観客も応援がタルくなってきたのか、あくびやらヤジが飛ぶ始末だ。


「何だァ! この暗号解けなくて合印になれんのかァ!」

「期待外れだなァ!」


 ヤジが飛びまくる会場に、パフェットとフォイユは涙目になっている。俺は、観戦しながら、一人声を張り上げる。


「パフェット! がんばれ! やればできるはずだ!」


 ヤジの中の応援が際立っていたのだろう。パフェットが俺の応援に気づいてこちらを振り返った。


「ガーリックさん、私はやってやったですっ! パーフェクトに解読してやったですっ!」

「良かったな! パーフェクトに解読できてないけどな!」


 そのグダグダな三ノ選の最中に、合印邸の一つの窓が開くのが見えた。

 光の加減で良く分からない。俺は額に手を翳して窓の方を見上げる。窓を開けた影は、チラチラと動いている。窓を開けて何かしているようだ。


「誰だ……? トリオン様……?」


 トリオン様が、合印邸の窓から顔を出していた。


「トリオン様は、窓から観戦しているのか? 眺めがよさそうだな?」


 決定人は、合印邸も自由に入れるようだ。それも、決定人の特権だろう。


 俺は、そんなことをぼんやり考えながら、窓の上の方に視線を馳せていた。

 トリオン様の手元で、両手に持った便箋ほどの用紙が風に揺れている。

 トリオン様の口元が動いている。

 俺は、額に手をやって目を凝らす。


「トリオン様は、何を読んでいるんだ……?」


 パフェットの応援そっちのけで、俺はトリオン様を注視していた。

 俺が窓の方に視線を注いでいると、パフェットとフォイユの激怒する声が響き渡った。


「もう、超絶怒髪天を衝いた! 暗号が解けなかったら、実力行使よ!」

「そうですねっ! 解けないなんてムカつきすぎますっ!」

「……えっ!?」


 ギョッとした俺は、パフェットとフォイユに視線を戻す。

 パフェットとフォイユは、暗号に蹴ったり突きを食らわしたりし始めた。しかし、暗号はびくともしない。暖簾に腕押しもいいところだ。

 観客は、どよめき始めたが、次第に笑い出す。いつの間にか、パフェットとフォイユは温かい目で見守られ始めた。


「食らえーっ!」

「ですーっ!」


 怒りマックスの二人は一斉に暗号に蹴りをくらわした。

 それが、まずかったのだろうか。暗号はシュポーッと蒸気を上げて怒りだした。

 ほのぼのと笑っていた観客の顔が凍り付いた。一気に辺りは騒然となる。


「なんだ!? 暗号の目が『▼』になっているぞ!?」


 暗号はそのまま増殖し始める。

 暗号は増えに増えて、観客に襲い掛かろうとしている。


「なんだ!?」

「やべぇ、逃げろ!」


 皆は蜘蛛の子を散らしたかのように、一斉に逃げ出した。

 俺は、事態に付いて行けずにいる。

 パフェットとフォイユの蹴りだけでここまで豹変するだろうか。暗号に感情はないと思う。何かが変だ。


「パフェット!」


 俺は、逃げる観客に逆らうように立っていたが、流されてしまいそうになる。


「なんで、暗号は――」


 ふと脳裏に、窓から顔を出したトリオン様が何かを読み上げる光景が思い浮かんだ。


 そして、いつぞやの光景とリンクする。あれは、第五区域の合印邸で鍵文を読んで暗号を解読した時の――!?


『見てくださいな! この『鍵文』のお陰で暗号が解けましたわ!』

『本当だな!』

『うまく行って良かったですっ!』


 いつぞやの出来事が耳に残っていた。

 俺は、ハッとして第三区域の合印邸の窓を見上げる。


「もしかして、トリオン様が読んでいたのは『鍵文』!? あのせいで、暗号が暴走したんじゃ!?」


 合印邸の窓は確かに開いていた。

 しかし、トリオン様の姿はどこにもなかった。

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