Episode_06.03 修練の間
「……ぉぃ……おい、ユーリー!」
「え?」
そんな事を考えていたユーリーだが、耳元で名前を呼ぶ声に意識を引き戻される。
「え? じゃないよ。デイルさん来てるぞ、行こう!」
「あ、うん。わかった!」
親友ヨシンの言葉で現実に戻ったユーリー、今は昨日と同じように「修練の間」に居る。少し離れた中央で、デイルが他の騎士達と稽古をしているのが見える。
「次! 踏込が甘い! ぶつかって突き飛ばす位の気合いを入れないとダメだ! 次!」
カンッ、カンッ、と木剣が打ち合わされる小気味良い音に混じって、そんなデイルの言葉が聞こえてくる。教えている相手は若手の正騎士達だが、まるで新兵教育のように彼等の打ち込みを
「お前は皆から『家中で一番の腕』だと認められているんだぞ。それに相手は『正騎士』だ、もう少しキツく彼等のプライドを突っつく位の指導が丁度良い」
と指摘されていた。それからは、まるで哨戒騎士時代にユーリーやヨシンにしていたように「厳しく」指導するように切り替えたデイルである。そしてその結果、デイルの厳しい指摘に奮起した正騎士達が毎度毎度と殺気立って向かってくるようになったのだった。そんな日々にデイル自身も、知らず知らずの内に磨かれていく。騎士デイルはまだまだ強くなりそうだった。
そういう白熱した稽古の様子を少し離れて見ていたユーリーとヨシンは、
「もうちょっと時間掛かりそうだな」
「じゃぁ、先に二人でやろう!」
と言い合うと、普段通りに距離を取って向き合い互いの訓練用の木剣を構える。オーク戦争が終わった後、二人の稽古は更に激しくなっていた。それまでは片方に強化術を掛けてそれに対抗する形の稽古だったが、それを改め、両者共に強化術を掛けた状態で、短時間集中でやるようになったのだ。そしてヨシンの強い願いで、ユーリーは訓練中に魔術を織り交ぜるようになっていた。それは何もヨシンが物足りなくなった訳ではない。単純な「訓練馬鹿」の発想、つまり負荷を高くしたかっただけなのだ。
しかし、この発想は、より実戦的な稽古をしたかった二人には良い効果をもたらした。ヨシンは対魔術師、対魔術剣士の戦い方という稀な技能を自然と身に着け、ユーリーは近接戦闘に魔術を織り交ぜる手法を繰り返し練ることが出来たのだ。
だが、王都リムルベートのウェスタ侯爵邸宅に来てからは、ユーリーの強化術や魔術を織り交ぜた稽古はしていない。何となく周囲の目が気になり、またウェスタ城の練兵場と勝手も違うため「大人しく」していようという気持ちが働いているのだ。
そんな二人、ユーリーは
ユーリーは定石通り、盾で自分の左半身を隠すが素早く動かせる状態を保つ。対するヨシンはその盾側へ回り込もうとし、ユーリーは逆にヨシンの左側へ回り込む。円を描くように動く二人は徐々に間合いを詰めていく。そしてユーリーがヨシンの攻撃範囲にあと一歩と近づいた瞬間――
「でえぃやぁ!」
気合い一閃、素早く踏み込んだヨシンが鋭く上段から斬り下ろす。
ガンッ!
フェイントも何もない、正真正銘の渾身の一撃である。丈夫な木剣がユーリーの盾を打ち付ける音が響く。盾を持つ手がビリビリと痺れるような衝撃に、ユーリーは出足を止められてしまった。ヨシンの攻撃を盾で流して右から斬りかかるつもりだったユーリーだが、ヨシンの強力な一撃は受け流すことを許さなかったのだ。
ヨシンはユーリーやアルヴァン程では無いが、フェイントも使える。しかし手の内を良く知られた
対するユーリーは、それを負けじと押し返すように力を籠める。体格では拳二つ分ほどヨシンの方が背が高く、体格もガッシリとしている。それが覆いかぶさるようにユーリーを押し込む。体格の差は如何ともし難く徐々にユーリーは押し込まれていくが、その内心では或るタイミングを伺っている――
ギリィ
一層ヨシンがユーリーを押し込んだ瞬間、シャァッと言う掠れた音と共にヨシンの木剣がユーリーの盾の表面を滑る。それはヨシンの態勢が伸びあがり上体の体重だけでユーリーを押し込む姿勢になった瞬間の事だ。足の踏ん張りが利かなくなったヨシンは盾の表面を滑る木剣と共に上体をユーリーの左へ流してしまう。
しかし、この「やり方」をある程度予想していたヨシンは、咄嗟に右足を踏み出し流れる身体を踏ん張り止めると、振り向きざまに長剣サイズの木剣をユーリーに叩きつける。同時にユーリーは上体が伸びたヨシンの首筋目掛けて木剣を振り下ろす――
「修練の間」に敷き詰められた砂は二人の瞬間の素早い動きによって舞い上がる。その砂埃の向こうでは、盾の下がったユーリーの左首筋を軽く打ったヨシン、そしてヨシンの剥き出しのうなじに寸止めで剣を添えるユーリーの姿があった……これは「引き分け」だろう。
「おおー」
不意に始まり鮮烈に決着した見習い騎士同士の緊張感溢れる一番に、いつの間にかデイルと稽古を終えた正騎士団の面々が感嘆する。その声を聞きながら荒い息を吐く二人。時間にすれば短い稽古だが、ダラダラと長時間やるよりも時として多くのことを教えるものである。
「大したものだな……俺も一手、手合せをお願いしたい」
そう言うのはデイルである。呼吸を整えつつ、そんなデイルの申し出に頷く二人は目配せしあう。「手合せ」かどうかはさて置いて、今日はデイルに稽古を付けてもらう約束だった。
(どっちから行く?)
(やっぱり俺から行っていいか?)
(そうだよね……)
こんな時にはいつも先陣を切って挑みたがる親友の性格を良く知っているユーリーは、ヨシンに先を譲る。そしてヨシンはデイルの立つ「修練の間」の中央付近に進み出るが
「そうだ、ヨシン。ユーリーに強化術掛けて貰え。そうすれば俺も
「……どうする? ユーリー」
「いいよ!」
ヨシンにしてみれば、ユーリーの強化術が無いと「足りない」と言われているようなものなのだが、明らかに実力が上のデイルに言われると反発心は起こらない。それよりも
(デイルさんが本気? よっし!)
と気合いが入るのだから、素直な若者である。一方のデイルも、最近若手との稽古ばかりで本気で向かえる相手に飢えていた。自分の言葉が、目の前の青年達の自尊心を傷つけるかもしれないと思ったが、それよりも本気を出したいと言う欲求が勝ったのだった。そういう思いにさせる何かが目の前の二人には有ると言う事だろう。
ユーリーによって「
周囲の者達が息を詰めて見守るなか、ヨシンは右側へ回り込もうとし、デイルはその動きに正対を保つ。デイルを中心に円を描くように動くヨシンは、その動きの中で間合いを狭めたり離したりしてデイルの反応を探る。
(……隙が有りそうで、ないんだよな)
と言うのがヨシンの心の内だ。そして覚悟を決めたのか一旦動きを止めると、木剣を右肩に担ぐような構えに変化し、ヨシンはデイルに向かい一気に距離を詰める。
ダンッ
と音がしそうな強い踏込は、強化術と相まって疾風の如くヨシンをデイルに肉迫させる。そして――
「ッ!」
音に成らない裂ぱくの気合と共にヨシンは木剣を左袈裟掛けに斬り下ろす。
ガンッ
木剣を打ち合わせる重い音が「修練の間」に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます