第7話 幼き記憶
声を掛けられた方を向くと美しいというよりも可憐な女性が立っていた。
うーん、どこかで見たことがあるけど、何か雰囲気が全く違う。
女性は少し驚いた様子と真剣なまなざしで私に問いかける。
「もう一度聞くけど、あなたはその本が読めるの?」
私は素直に答える。
「はい。普通に読むことが出来ましたけど?」
女性は真剣な表情で、問い続ける。
「その本には、何が書いてあったの?」
「えっと、遥か昔の
「遥か昔ってどれくらい昔のこと?」
「天族の方々が
「それじゃ、全庭園を巻き込んだ抗争のことも、お伽話の英雄譚も?」
「はい、抗争のことは詳しく書かれてましたけど、英雄譚はほんの少しだけしか書かれてませんでした。」
「品評会と交換研修の始まり、天族の戒め、種族の配置変更は?」
「それは、しっかりと書かれてました。」
「他に書かれていたことは?」
「いえ、あまりにもいろいろなことが書かれていたので、一旦、一休みしてからまた読もうかと思ったところに声をかけられたので。」
「そう、わかりました。ゴメンなさいね。色々と問いただすようなことをしてしまって。」
女性は、呼吸を整えてから、自己紹介をされる。
「私はこの学校で教師をしている瑠璃と言います。あなたはアニスさんよね。」
「はい。以前、ここに来た際は、大変お世話になりました。」
「いえいえ、あの時は、うちの子供達がご迷惑をかけたので、少しだけ驚かせただけですから。」
「え、あの時と全く雰囲気が違うんですけど…。」
「人の子は、面白い捉え方をやはりするのですね。でも、あれも私なんですよ。」
「えっと、すいません。あの時の雰囲気が印象的だったので、同じ方に思えなくて、本当にすみません。」
あの時は、こんな可憐な方ではなく、もっと妖艶で暖かさと冷たさが一緒になった感じだったのに。
「ところでアニスさんは、この図書館で歴史について調べてたのよね?」
「はい。昔のこの丘やこの大庭園のことを調べれると思って。」
「っで、その本はどこから取り出したのかしら?」
私がさっきまで読んでいた本を指さして、質問される。
「普通に本棚から気になった歴史書や種族書を手に取って、机に置いたのですが…。」
「じゃあ、その本に選ばれた。ってことなのね…。」
「あのこの本は、一体、何なのですか?」
瑠璃さんは、少し考えてから本を手に取り、説明を始める。
「この本は、庭園の全てを知るモノ。「光の書」と呼ばれていて、選ばれた者しか読めない特殊な本なのよ。」
「選ばれた者にしか読めない特殊な本?」
「ええ、だから、知りたい情報を思えば、この本は知りたい情報の全てを選ばれた者へと伝えるのよ。だから、私には、この本に書かれてる内容を読めないわ。でも、それ以前にある程度なら、知ってるから問題はないのだけれどね。」
「この本に知りたい以上のことが、たくさん載ってたのはそのせいなんですね。」
「あと、この本は気まぐれ屋さんでね。意思があるみたいで、自由気ままに移動するのよ。例えば、中央管理室の特別司書室にあったり、各庭園の特別書庫室にあったりと、今はここが気に入ってるみたいだけど。」
「じゃあ、私がこの本を取ったのは偶然なのですか?」
「いえ、たぶん、必然的に本が選んだのだと思うわ。」
「もし、私が本に選ばれてなく、偶然で拒否されたら、どうなってるんですか?」
「この本を見つけたとしても、本が読む者を拒否すれば、何も書かれていない空白の本。この本の存在自体を知っていて、術とかを使って、無理に読もうとすれば、複数の古代言語を交じり合わせたりして、情報を読ませないようにするのよ。もし読めたとしても、情報は虚言でしかないから。」
「あの、えーっと、この本は、重要な機密文書なのではないんですか?」
「機密文書に指定された時もあったけど、この本、自由気ままに動くし、読む者を選ぶから無意味ということで、今は、ただの本よ。ここの子供達がこの本を見つけた時は、さすがに驚いたけど、真っ白な本があるって騒いで遊んでたくらいだから。純粋無垢な子供達でも選ばれた者でなければ、読めないのよ。」
一通りの説明を終えると、妖艶な微笑みで私に話しかけてくる。
「しかし、あなたは相変わらず、不思議な子ね。その本にまた選ばれるとは…。」
「また選ばれる?ってどういうことですか?」
「あぁ、そうか、クラルテとの約束で記憶が封印されてるんだったわ。」
「古竜さまとの約束?」
記憶の封印? 約束? なんのことかしら?
昔のことを思い出そうとすると、頭がすごくもやもやするのよね。
「知りたければ、この
そういうと瑠璃さんは、私に光の書を手渡してくれる。
「どうやら、クラルテは約束を思い出させたくないようね。相変わらず、変なところで頑固な爺さんなんだから。」
この図書館に向けて、古竜様が竜の威厳か何かを放っている様子。それは解るのだけれど、見えない何かに中和されて無力化されてる。
たぶん、結界と呼ばれるものなのかな…。見えないけど、絶対的な安全圏にいる感じがすごくするの。
「ちょっと久しぶりに頑固な爺さんにお説教してくるから、アニスさんはここでゆっくりとその本を読んで思い出すといいわ。」
そういうと瑠璃さんは、背に2枚の羽根を広げる。美しい純白の羽根と気高き漆黒の翼を…。
これって、本に書かれていた光と闇の庭園の英雄たる魔天の双子の1人かな?
私ににっこり微笑んでから、一瞬で居なくなってしまった。
私は一瞬、躊躇いつつも本に願う。私の過去を古竜様との約束を思い出したい。
そして、想いを願いながら本を開き、私の過去の物語を読み始める。
ここは大樹の丘。
アニスのお父さんとお母さんは整備士をしています。
今日は視察と言うもので、アニスは両親と一緒にこの丘にきました。
視察のお仕事が忙しいみたいで、ここの学校に一日だけ預けられることになりました。
でも、人の子はアニスだけで、皆、変な目で見て来るので、困っているとすごく可愛らしいお姉さんが助けてくれまました。
お姉さんは、アニスに「本は好きですか?」と聞いてきたので、「本は大好きです。」と答えると学校の図書館に連れていきます。
図書館は大きくて、沢山の本がいっぱいあります。その中に一冊、アニスを呼ぶ不思議な本がありました。
不思議な本はアニスにわかりやすく、この丘のことや精霊について沢山、教えてくれます。
そして、大きな樹の中に竜が住んでることを教えました。
アニスは、その竜に会いたくなったので、地上に行くことにしました。
地上への行き方は、不思議な本が教えてくれた力を使って、地上に出ます。
地上の景色は、すごく綺麗でビックリしている様子です。
沢山の草花に囲まれて、それを見守るかのような光輝く大きな樹。
その樹を目指して、本に教わった通りに歩いていきます。
いっぱい歩いて、大変だったけど、光輝く大きな樹の真下まで来ることができました。
そこには、大きな門があったけど、竜はその上に住んでいるらしいので、大声で叫んでみました。
「おーい、竜さん、居るんでしょう。私とお友達になってよー。」
でも、何の返事もしてくれません。でも、アニスは諦めません。
「ねぇ、なんで返事してくれないの?そこにいるのは知ってるんだよー。」
それでも、無視を続けてます。なので、アニスは本に習った力で、樹の上に行くことにしました。
「じゃあ、勝手にお邪魔しますね。」
アニスは、一言言ってから、風の精霊に頼んで、大樹の上に向かいました。
本は、アニスに出来る簡単な方法を教えてくれたのです。
大きな樹に向かう途中で沢山の精霊と仲良しになること。
自然の力を取り込むこと、そして、自然と一つになること。
そうすれば、沢山、力を貸してくれるということを。
だから、いっぱい自然に話かけて、ここに来るまでに沢山の精霊と仲良しになりました。
そして「樹の上に行きたいから、力を貸して下さい。」と願うと風の精霊達がアニスを竜が居る所まで連れて行ってくれました。
「こんにちわ。竜さん。私はアニスといいます。」
上からアニスを見ていた竜は驚いた様子で、ようやくお返事をしてくれました。
「アニスと言うのか、わしはクラルテという名前じゃ。」
「クラルテさんは、何でお返事してくれなかったの?」
「わしが人と話すと皆が怖がり、その場で倒れてしまうのじゃよ。」
「でも、私は、こうして話してるけど、怖くないよ。」
「わしの威厳から、精霊たちが守ってくれてるからじゃろう。」
「威厳って、怖い感じのこと? そんな感じ、全くしてないから大丈夫だよ。精霊さん達も別に私のこと守ってないって言ってるよ。」
「アニスは、精霊の言葉が解るのか?」
「うーんとね、本がいろんなことを教えてくれたから、精霊さん達にもそれが通じてるみたい。」
「本が教えてくれた?」
「そうだよ。ここの図書館にあった本だよ。この丘のことや精霊さんに竜さんのことも教えてくれたよ。」
竜は地下の図書館を見てみると、「光の書」が机の上にありました。
「アニス、机の上に置いてある本に教わったのかい?」
「うん。あっ、本を元の場所に戻すの忘れちゃって、机の上に置いたままにしちゃった。」
「何故、あの本がここの図書館にあるんじゃ?あれは中央に封印されてあるはずの本のはず、あとで回収しに行くかのう。」
などと竜が考えていると、アニスは、樹の上から見る庭園の景色が凄く美しいことに気付きます。
「ねぇねぇ、ここはいつもこんなにキレイなの?」
「あぁ、そうじゃ、ここからの眺めは最高じゃろう。」
「うん。私のお父さんもお母さんも整備士をしていて、私もいつか整備士になるのが夢なんだ。」
「そうか、そうか、アニスならきっといい整備士に慣れるじゃろう。」
「ホントに? じゃあ、私が整備士になったら、ここの整備士になりたい。」
「この丘がそんなに気に入ったのか?」
「うん。だって、こんなにキレイなところ、初めて見たもん。」
「そうじゃな、アニスが夢を叶えたら、わしがここの整備士として働けるようにしてやろう。」
「ホントに? 約束だよ。絶対だよ。」
「あぁ。約束じゃ。」
アニスは満面の笑みで、竜を見ました。
竜も孫を見るかのようにアニスに微笑みかけました。
「そろそろ、時間のようじゃな。アニスのお父さんとお母さんが心配しとるぞ。」
「えぇ、もうそんな時間なの。もうちょっとだけ、この景色を見てたいのに。」
「よし、アニス、わしの背中に乗るといい。」
「え、いいの?」
「空中散歩しながら、お前さんを地上に降ろしてやろう。」
「ありがとう。クラルテさん。やっぱり優しい竜さんだね。」
「わしを褒めても、何もならんぞ。」
アニスは、竜の背に乗り、空中から大樹の丘全体を見下ろしながら、一時の空中散歩を楽しみ、地上に降りていきました。
そして、アニスは地上に降りる前に疲れて、ぐっすり眠ってしまいました。
地上に降りてから、竜は人の姿に変化し、アニスを両親の所までおんぶして連れていきました。
アニスの両親は、一緒に視察に来ていた管理官のレイティアというハイ・エルフから、ここの管理整備官である竜を紹介されて、驚かれていました。
レイティアは、アニスが地上に来てから大樹の上まで行くのをずっと見守ってくれていたそうです。
そのことを視察後にアニスの両親に伝えて、帰ってくるのを一緒に待っていたそうです。
竜は、ぐっすり眠っているアニスに記憶の封印を行いました。
夢を本当に叶え、整備士になった際にここの整備士にすること。そして、この丘に今一度、来た際に改めて感動して欲しいこと。
それらをアニスの両親に伝え、アニスがここに来たことは秘密にするようにと言われ、それを守ることを誓いました。
………。
……。
…。
さて、アニス。僕のことや精霊のことを思い出したかい?
僕は「光の書」って呼ばれてる。この庭園の全てを知るモノ。
今、君の記憶の封印は、全て解かれたよ。
僕が教えたことは、君は全て思い出したはずだよ。
さぁ、仲良くなった精霊達に挨拶しに行こう。
君が戻ってきてから、君のことをずっと見守ってくれていたから、きっと皆、大喜びするよ。
幼い時に出会った好奇心沢山の君が気に入ったから、力を教えてあげた。そして正しい使い方をした。
整備士になって、ここに戻ってきても、君の心は変わってなかった。
だから、僕は君の力になってあげる。当分、君の本であり続けるから、何か困ったときには、僕を頼ってくれればいい。
地上への戻る方法は思い出したかい?
「うん、思い出したわ。
私は
そして、「光の書」は言う。
「一旦、目を閉じて、想いを込めて、ゆっくりとまた目を開けてみて、そうすれば見えるはずだよ。」
私は言われたとおりに目を閉じる。願いを込めて想う。そして、ゆっくりと目を開ける。
見えていた景色が生まれ変わる。欠けていた風景が蘇るかのように。
精霊さん達が私の周りに沢山いる。
「皆、ただいま。挨拶が遅くなってゴメンね。」
精霊さん達は、私の周りで嬉しそうに楽し気にダンスや歌を歌い始める。
皆が、また私に力を貸してくれるって…。
とても懐かしく、不思議な感覚。
「風の精霊さん、お願い。私を大樹の上まで連れて行って。」
風の精霊さん達は、私を風の絨毯に載せて、大樹の上まで運んでくれる。
そして、そこにはクラルテ様と瑠璃さんがいた。
私は、懐かしい思い出と共にお礼を言う。
「竜さん、お久しぶりです。私のお願いを叶えてくれてありがとう。私、一生懸命がんばりますね。」
「記憶の封印が解けたのか? その呼ばれ方をするとは、思っていなかったよ。アニス。」
「瑠璃さんもありがとう。きちんと思い出せましたよ。」
「そう、アニスさん。よかったわね。精霊達も喜んでいるようで何よりだわ。あと、その本は、何て言ってるの?」
瑠璃さんは、私に問いかける。
「えっと、この本は、しばらく私の力になってくれるって、そして、困ったときに頼ってと言われました。」
「では、その本は暫くの間、アニスさんが持っていてね。でも、その子、気まぐれ屋さんだから、気を付けてね。」
瑠璃さんは、続けて笑顔で私に話しかける。
「あと、私のことを知りたいのなら、本に頼らないで、直接、また会いに来てくれれば、全てお話しするわ。」
「はい。今日は本当にありがとうございました。また伺いますね。」
「じゃあ、またお会いしましょう。クラルテ、アニスさん。私は学校に戻るわね。」
瑠璃さんは、私たちに微笑むと同時に一瞬にしていなくなってしまった。
「あやつめ、わしのことを何でいつも呼び捨てなんじゃ。」
「クラ爺と瑠璃さんは、仲があまり良くないのですか?」
「まぁ、そうだのう。仲は良いとは言えん。」
「ふふ、そうみたいですね。」
大樹の上から、久しぶりに庭園の景色を見る。
変わらないあの風景。夢で見た、いや、幼い時に見た景色。それよりも美しく見える風景。
「懐かしいか、アニス。」
「はい。小さい時に見た景色と一緒。いえ、それよりも美しく見えます。」
「そうか。では、交換研修の際は、改めて宜しく頼むぞ。」
「はい。私なりに頑張りたいと思います。」
この景色の美しさを知らせたい。そして、この丘の沢山のことを伝えたいと思う私なのでした。
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