夜明け
憂夢にしか存在してはならないもの、それは憂夢の命とも言える『核』であった。ただ、憂夢と違うのは憂夢の核は紅く輝いている。しかし、少年の核は紅みは帯びているものの黒みがかったどこか邪悪さを感じさせるものだった。
「あーあ、見られちゃったか」
「お前、、、、憂夢だったのか? いやでも、それなら何故人の形をしている? 」
父は狂気と激痛に顔を歪ませながら問う。
「憂夢、、、、ねえ。限りなく正解に近いかもしれないけども、間違いだね。僕は憂夢じゃないし、人間でもない。この意味がおじさんにわかるかい? 」
「ど、どういうことだ!? 」
「ざんねんだけどそう簡単に答えを教えてあげることは出来ないよ。おじさんはもう死んじゃう事だし教えてあげてもいいんだけどね。さて、おばさんも壊れちゃったことだし僕はそろそろ行くとするよ。それともう一つ、ここにもう1匹隠れているのは知っているけど見逃してあげるよ。僕は優しいからね。まぁ、もう『汚れ』ちゃってるみたいだし」
父は焦燥と同時に安堵した。ヒナタは助かる。今の父には唯一と言って良いほどの『救い』であった。
「そうだおじさん。おばさんがそんなに大事かい? 」
「あ、当たり前だ!! 」
「、、、、そう」
そう少年が呟くと突然、父の前から姿を消した。それに少し安堵した次の瞬間、父の背後に姿を現しぽんと父に触れる少年。
「僕からおじさんに『イイモノ』をあげる。おじさんのその気持ちが本物なら大丈夫だよね」
その瞬間父は訳の分からないほどの嫉妬や憎悪、憎しみ、破壊衝動に囚われた。目の前に倒れている妻が、命をかけて守ろうとした妻が、憎いのだ。見るもの感じるもの全てが憎く、恨めしいのだ。
「キサま、、、、ナニヲシた、、ウオォォォォォ!!!! 」
父の姿が少しずつ異形な姿へと変化してゆく。それは本当に少しずつではあったがそれと同時に父の人間性も失われていった。両目は紅みを帯び、爪は鋭利なものへ、そして体から黒いモヤのようなものを発生させるその姿はまさに『憂夢』であった。
「あははっ、『憂夢』にしちゃうのは簡単なんだけどね、それじゃあ意味が無いでしょ?会話もできないし、意思の疎通もできない。それはなかまでもなんでもないんだよ」
「それとねおじさん、僕は なんだ。って、もう聞こえてないかな? 」
少年は嘲笑し、変わりゆく父を見ていた。父は失われゆく自我を保つので精一杯で少年の声など耳に入るわけもなかった。
「それじゃあね、おじさん。その様子じゃもう無理だと思うけども、おばさんの事大事にしてあげてね」
少年はクスりと笑い、家を後にした。
「お母さん!」
安全を確認したヒナタがベッドの下から飛び出し倒れている母の元へと駆け寄った。
「ヒ、ナタ、、、、」
「そうだよ!! ヒナタだよ!! 」
ヒナタはボロボロと涙を流しながら母を抱きしめる
「ヒナ、、た、、、、 ニゲろ、、、、俺のマエカラ、、きえルンダ!!!! 」
父が息を荒らげながら怒鳴る。だがその姿は辛うじて人の姿を保った化け物だった。
「おとう、、、、さんなの??」
ヒナタは変わってしまった父に恐怖を隠すことができなかった。
「ヒナタ、村にいって来てくれる、、、、? お父さんと大切なお話があるから、、、、」
「でも、、、」
母のそばを離れまいとするヒナタに最後の力を振り絞り体を起こしヒナタを抱きしめる。
「ヒナタ、お父さんとお母さんは大丈夫だからね。強く、強く『生きる』のよ」
「ヴオォォォォォッッッッ!!!!」
父は遂に完全な『憂夢』へと姿を変え、二人に襲いかかる。
「行きなさい!!! ヒナタ!!! 」
そう叫ぶと母は憂夢と化した父を抱きしめて押さえ込んだ。それを見たヒナタは家を飛び出し、村の方へと走り出した。何度も足を止め、戻ろうとした。しかし、自分ではどうすることも出来ないという無力さが村へとヒナタを駆り立てた。
「誰か!!! 誰か助けて!!! 」
嗚咽に似た叫び声を上げながら村に到着したヒナタ。夜更けではあったが村で事件があったせいか、明かりがちらほら灯った家があった。その家を片っ端から訪ね、助けを求める。
「助けてください!! お父さんとお母さんが!!! 」
「なんだい、近づかないでおくれ!! 伝染ったらどうするんだい!! 」
冷たくあしらわれ、家を追い出されるヒナタ。めげずに次々と家を回るがどこもヒナタの話を聞こうともせず追い払われるばかりだった。それどころか村での事件は疫病が原因で、ヒナタ一家が持ち込んだかのように噂が広がっていた。それもそのはず亡くなった人たちはすべてヒナタたちに良くしてくれた人々ばかりだったからだ。
「そんな、、、、なんで、、、、 」
ヒナタは絶望し、涙を流した。村人への憎悪からくる涙ではなく、自分の無力さを恨む涙だった。決して村人を恨もうとはしなかった。恨みや憎むことは争いしか生まない。母から教わった大事なことをしっかりと理解していたからだ。
涙がかれた頃、ヒナタは家に着いた。するとすぐに異変に気づいた。家はあまりにも静かだった。なんの音もしない。何か、嫌な予感を感じたヒナタは恐る恐る薄暗い家に入り父と母の安否を確認する。
「お父さん? お母さん? 」
暗がりの中、奥に行くと父と母は抱き合いながら倒れていた。理由は定かではないが、なんと異形と化した父は半分以上人の形を取り戻していた。
「お父さん! お母さん!!! 」
ヒナタが二人に駆け寄った。二人にそっと触れるヒナタが二人の体温を全く感じないことに気づく。それと同時に、窓の隙間から朝日が差し込み、倒れた二人を照らし、二人の無残なその姿を鮮明にした。
「、、、、え」
抱き合っていたと思われた二人。しかし抱きしめていたのは母だけで、父の手は母の胸を貫き赤く、紅く染まっていた。母は全てを包み込む様な安らかな顔で父を抱きしめていた。父は、無念と安堵が入り混じった表情をしており、目元から描かれた数本の線が父の顔に飛んだ返り血を綺麗に洗い流していた。
「そんな、、、、嘘だよね? 起きてよお父さんお母さん! ヒナタを独りにしないでよ!! 」
ヒナタの悲痛な叫びは誰にも届かない。大丈夫と慰めてくれた父も、1人じゃないと勇気づけてくれた母も
もういない。
今のヒナタには1人で涙を流すことしかできなかった。
皮肉なことに、カシバの村外れで起こった惨劇とは対照的に暖かな朝日が冷たくなった二人を照らし、平等に三人で迎えるはずだった次の日を無残にも、残酷にも不平等に少女1人が迎えることとなった。
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