逢いに来た理由
ユウが頬を膨らませて睨めば、《バンシー》は息を飲んで声を失った。
「わたしは、話がしたいっていうフュリアちゃんを連れて来ただけよー! みゃー!」
「……フュリア?」
ユウの雄叫びをやっと聞き入れた《バンシー》が、セムに守られるように
「なんで……そんな……」
《バンシー》は信じられないとばかりに、フュリアをまじまじと見ている。
実際、話が通じず、泣き耽る《バンシー》は、近付くだけで【即死】する災害だった。何の力も無い少女が訪れる相手としては、この上無く恐ろしい者に違い無い。
それでも、フュリアはこうして《バンシー》に逢いに来たのだ。
フュリアは、《夢海》と《
フュリアの顔には、何一つ恐れが無い。穏やかに凪いだ、そして決意に口元を引き締めている。
《バンシー》の方が狼狽えていた。近付いてはいけない、傷付けたく無いと左右に逃げ場を探しては、《魔女》の炎とユウの沫に視線すらも阻まれる。
「《バンシー》、あなたに逢いにきました」
フュリアが厳かに、先ずは宣言をした。
受けた方の《バンシー》は、目淵から涙の粒を膨らませて、嫌々と子供のように首を振る。それでも歯を食い縛り、声を上げるのだけは自制していた。
「《バンシー》、あなたは、まじょさまが死んでしまうのを、前の日に教えてくれました」
ユウが、ニクェの顔を盗み見た。
《魔女》は少女の言葉は真実であると鷹揚に頷く。
《ガデニアは、わたくしの影響を強く施したから、いなくなった後の事を伝えるように、《バンシー》を遣わしたのよ》
もし《魔女》の言い付けが無かったら、あの時に《バンシー》が敵対していた可能性もあったのか。他の《アーキタイプ》も殆どあの場には出て来なかったが、この《バンシー》は思考が幼いところがあるから、主人の窮地に我を忘れて襲って来そうだ。居なくて良かった。
「《バンシー》がいたましく泣いて知らせてくれたミライを聞いて、みんな思ったんです」
《バンシー》に逢って伝いたい事がある。そう話したフュリアが、その目的を告げようとしている。
《バンシー》はきゅっと瞼を閉ざして、両手で耳を覆った。これ程分かりやすい怯え方も中々見られないだろう。
フュリアの言葉が入って来ないように蓋をする《バンシー》の右手をユウが掴み、そして左手をニクェが掴んだ。
「聴きなさい」
《貴女は勝手に怯える前に、ちゃんとありのままの相手を受け入れなくてはいけないわ》
二人共、大して力を籠めた訳では無さそうだが、《バンシー》は振り解く事も出来ずに、手を耳から離された。
フュリアが深く息を吸うのを、《バンシー》が大粒の瞳を潤ませて見詰める。
「みんな、《バンシー》に感謝しているのです」
「……え?」
フュリアの言葉を聞いて、《バンシー》の口から呆けた未声が漏れた。
「《バンシー》は町のみんなに、しりようがないまじょさまの死を教えてくれました。《バンシー》がいたから、わたしたちはおせわになったまじょさまの死を哀しむことができました。まじょさまをきちんとおくることができました。《バンシー》がいたから、みんな、まじょさまに恩をかえせたと、よろこびました」
フュリアの曇り無い瞳が真っ直ぐに、《バンシー》へと胸の内を打ち明ける。
大切な人の死を知らせてくれて、ありがとう、と。
自分達に、偉大なる人を追悼する機会を与えてくれて、ありがとう、と。
古来よりの伝承に依れば、バンシーと言う妖精は、地位ある人の死が迫る時に泣いて知らせる者だったらしい。
「え、あ……ありがとう? 私なんかにありがとうと言ってくれるのですか?」
《バンシー》はフュリアの告白に戸惑い、大粒の涙を頬に伝わせる。ぽろぽろ、ぽろぽろと溢れる滴は、もう止められないのだろう。
そんな《バンシー》を見て、フュリアはむっと口を尖らせた。
「もう。きっと《バンシー》はなきむしだから、みんなの気持ちもわからないでおちこんでると思ったらそのとおりでしたよ。わたしはなぐさめに来たんですよ」
「フュリアあぁぁ!! うわーん! ありがとうございますー!」
《バンシー》は感極まって、フュリアに抱き着いてわんわんと泣きじゃくる。
暗い気持ちから泣いているのでは無いからか、【即死】は発動していない。
しかし、少女に慰められて嬉し泣きする《アーキタイプ》と言うのはどうなんだ。
「ったく、だから、初めから話聴きなさいって言ってるでしょうが」
この場面に至るまで、死んだり死を超越したりと手間隙面倒苦労を重ねたユウが、ほんのりと呆れを滲ませた穏やかな息を吐き、不平を漏らした。
[いや、ラスボスさんは討伐するつもりにしか見えなかったから]
[あんな血相で怒鳴られたら、バンシーも泣くわ]
[魔女の恋人が手を出した時点で、平和的解決は無理でした]
「うなぁ!?」
何を心外そうに大声を上げている。全く以て視聴者の言う通りだ、馬鹿者め。
「ちょっと! あんたが泣くからわたしが悪いみたいになってるじゃないの!」
「ひぐぅ!? 申し訳ありませんんん!」
〔〈アート・プレイ・タイプ:説教〉が3レベルになりました〕
〔〈アート・プレイ・タイプ:説得〉を1レベルで取得しました〕
〔《ブレス:バンシーの嘆き》が《バンシー》から与えられました〕
〔『クエスト:小さな胸の中にある想い』をクリアしました。クエストポイントを182ポイント取得しました〕
「ん?」
《バンシー》を怒鳴り付けて怯えさせたユウが、システムメニューに首を傾げた。
小さなフュリアに抱かれる《バンシー》が更に身を縮こませて納まるのが、何とも哀愁を誘う。
「ご主人様、どうか怒らないでくださいぃぃぃ」
「はぁ? ニクェは最初っから怒ってなんかないでしょ」
ユウの言う通り、《魔女》は恐怖に打ち震える《バンシー》を楽しそうに眺めているが、そう言う事では無いだろう。
《バンシー》は涙ぐんだ眼差しをユウに向けて、懇願の念を送っている。
《今のご主人様っていうのは、遥のことよ》
くすくすと笑いながら、ニクェが解説を付け加えた。
「わたし?」
それに対して、ユウは自分の鼻先を指差す。
《バンシー》が、がくがくと首を縦に振って赤べこになった。
[魔女の恋人にまたヤバい戦力が加わった件について]
[逆に考えろ。《魔女》の相続を受けた時点で既に持っていたんだ]
[それ、ヤバいことに変わりなくね?]
今更感はあるが、ユウの行き着く先はどうなるのだろうな。
《魔女》の森にいる戦力だけでも、まだ今の三倍以上の数がいるからな。
ユウは少し憤然としているが、目的は達成されたと言っていいだろう。クエストのクリア報告も出ているのだから。
《遥》
《魔女》が唇をユウの耳に寄せた。
《このエリアを閉ざす者を倒すなら、もう一つ、この森の《アーキタイプ》を僕にしておきなさい》
「え?」
耳にははっきりと聴こえたものの、その意味と理由が直ぐに理解出来なかったユウは、《魔女》の《にこゑ》に気の抜けた声を返した。
そして横を見れば、もうそこには《魔女》の姿は無い。
少し寂しげな顔をしつつ、ユウは戸惑いに頭を揺らす。
「エリアを閉ざす者って、なに?」
未だユウはその存在を判ってはいない。
ただ、にこゑは耳の奥に確かに宿り、慈しみの温もりを灯していた。
セブンスプレイ エンド
クリエイティブ・プレイ・オンライン 奈月遥 @you-natskey
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