現役の巫女
街中で、フードを深く被り、顔が隠れて不審な影となった魔女が、挙動不審にこそこそと連れ合いのパンダやネコ科仮装大賞の影に潜んで、人々の様子を伺っていた。言わずもがな、ユウである。
『おー、フード被ると紡岐さんが紡岐さんだとわからないふしぎ』
「おまいさんな……」
[なんぞこれ、かわいい]
[借りてきたネコかよ]
[ほしい…]
[↑通報しておくか?]
[もう処理終わったから、いらないよ]
[はえぇよ、天使gkbr]
何か変なコメントも混ざったが、ユウと来たら此処まで来ても往生際が悪った。
「こら、つー。聞き分けがないの、お前のよくないとこだぞー。直せー」
「いい……紡岐さん、悪い子でいいの……悪い子なの……」
ふるふると声を震わせながら、ユウはNPCの一人と視線が合った瞬間にセムの背中に身を隠した。
それを見てセムはやれやれと首を振る。
ユウと目が合ったNPCは、不審そうに眉を寄せながらも、声を掛けられなかった事で立ち去った。
『しかし、この美パンダがいるのにみんな気にしませんね。パンダ人気は万国共通じゃないのか……』
「生糸さんは美パンダです!」
『紡岐さんありがとうございます……そうです、永浜はパンダ界でも私イチオシのジャニーズ系美パンダですよ!』
どうやら、生糸は現実に存在していたパンダを自分で再現したらしい。
渾身の出来で復元した好きなパンダの姿には並々ならぬ思い入れがあるようだ。
[永浜って、上野じゃなくて和歌山のパンダじゃんか(笑)]
[え、日本って上野以外にパンダいんの?]
[実は上野よか和歌山のアドベンチャーワールドの方がパンダ繁殖成功率高いんだぞ]
[まじ。知らんかった]
[それはそれとして、あんだけパンダ野生に帰せる程増やしておきながら、いまだに国外にほとんどパンダ送り出さない中国のパンダ愛は異常]
[中国だからな]
[永浜……え、平成に生まれてる個体じゃん。どんだけマニアなんだよ、うえののぱんだ]
視聴者の中にもパンダに詳しい人間が紛れ込んでいたらしいな。この動画の視聴者は、相変わらず趣味の範囲が広すぎるのではなかろうか。ユウと言う類がオタクと言う友を呼んでいるのか。
「現地民は俺らプレイヤーあんまよく思ってないからなー。遠目に見るだけにしてんだな」
「え、やだ、そんなのもっと話しにくいじゃないの……ねーやんのおに……」
「ねーやんはとらですー」
相手が友好的でないと知って、ますますユウは怖気付いてフードを深く被り直している。これはもう一般人達からはユウの存在を認識出来ないレベルだ。
何時もとはまた別の方向性で話が進まなくなって来ているな。
「およ? そこにいるはセムと……なぜにぱんだ?」
そんなこんなで街中で立ち止まって動かない私達を、というか、その中で見知った顔を見付けた巫女が一人、此方に声を掛けてきた。
ベータテスター随一のダメージ量を誇るメノだ。会うのはデミ・リヴァイアサン攻略以来となるか。
「おー、メノー。この人はこれの知り合いのうえののぱんださんだよ」
『どうも、うえののぱんだです』
「これ? ……あぁ、このなんか見にくいの、遥ちゃんか。把握」
セムに言われて、その膝下に踞る物体に、メノは目を細めて注視してやっとユウの存在に気付いたらしい。
流石に『バベルの塔』でセムが入手してきた〈森想森理のローブ〉だ、トッププレイヤーの
「こ、こんにちは……」
消え入りそうな声だが、なんとかユウもメノに挨拶をした。
そのちまちました仕草に、メノは目を輝かせる。
「なにこれ、可愛い! セム、ちょうだい!」
「あ、うん。さすがに俺の物ではないからやるとは言えん」
「えー」
メノはとても残念そうに顔を暗くして、それでも諦め切れずに、縮こまるユウを上から覗いている。
ユウはユウで、【魔女】の姿なのに、仔猫のように身を小さくして、ちょこちょことセムや生糸の背中に隠れて、メノの視線から逃げようとしつつ、それでいてメノの方をちらちら見て様子を伺っている。
「で。なに、やってっ! るの?」
メノは機敏に緩急を付けた動きでユウのフードの中の顔を見ようとして、その動きにユウはびっくりしっ放しで、メノの顔が近付く度にびくりと体を硬直させて、わたわたと逆方向性に逃げ隠れしている。
「おーい、メノー。あんま脅かすなー」
「んー、疲れたら、こう、捕まえられないかなっ!?」
「みぃぃぃぃ」
遂に耐え切れなくなったユウが半泣きになってしまった。
[あー、メノが魔女の恋人泣かせたー]
[いーけないんだ、いけないんだ]
[てーんしに、言ってやろー]
「お、メノ、お前さんアリアに通報されてるぞ」
「ちょっと待って、それ、本気で私、アリアに殺されるからやめて!」
天使にこの状況が伝わったと聞いて、メノが即座にユウから身を引いた瞬間だった。
ユウとメノの間に一筋の光が射して、地面を焦がした。
「ひぃぃぃいっ!?」
「みぃぃいいっ!?」
[外れたか……相変わらず、メノは運がいいね]
空の彼方からの精密狙撃にユウとメノが揃って身を震え上がらせた。
セムが光のやって来た方向に手で庇を作って眺める一方で、今の攻撃が全く見えなかった生糸が唖然としている。
『ベータテスターさんの人外っぷりやばいですね』
「なー。今のどっから撃ったんだよ」
[ちょうど直線距離一キロメートルに飛んでたから、撃っておいた]
[撃っておいたじゃねぇよ、こええよ!?]
[いいかー、お前らー。天使に目を付けられたら逃げられないぞ?]
[メノなんかは一回デスペナルティ受けてもレベル落ちないから問題ないでしょ]
「ちょっとアリア! レベル落ちなくても痛いでしょーがー!」
[痛くないなら罰の意味がない]
なんというか、天使は生真面目の方向に思考がぶっ飛んでいるな。
メノもコメントを確認する為に動画にログインしたらしく、コメント先の天使に文句を述べている。
ところで、NPC達は不可視の遠距離からの攻撃を見て皆家屋に逃げ込んだのだが、こう言った事の繰り返しがプレイヤーへの恐怖を助長させているのではないかと思う。
[メノがちゃんと遥ちゃんの手助けするなら、今チャージしている〈レイ〉は当てないであげる]
「全力で遥ちゃんを補佐するとここに誓うわ。さぁ、遥ちゃん、何に困ってるの、お姉さんに言ってごらん?」
〈レイ〉とは光属性の魔法スキルで初歩の初歩、唯光を放つだけのものなのだが、ベータテスターのこの天使が使うとどうなるかは見て分かる通りだ。尚、至近なら初期プレイヤーは蒸発していたらしい。
その恐怖に心を入れ替えたメノに捲し立てられて、ユウは先程までとは違う意味で戸惑い、セムに視線を送る。
「現役巫女だぞ、リアルで」
「だと思った」
「お、なになに? メノお姉さんの巫女っぷりはそんなに魅力的かなっ?」
セムの必要最低限の返しに、ユウはやはりと頷くものの、メノ本人はその事実に気付いてないようだ。
ちなみに、ユウとセムの意志疎通は、「巫女は男性経験のない未婚の女性が基本条件」という共通認識に依る。メノの実家はそれこそ、そう言った仕来りを全て守って運営される由緒正しいものだと聞いている。
それから忘れがちだが、この下手したら小学生レベルの駄々っ子ぶりを見せるユウは、今年の誕生日が来たら三十路である。
証明終了。
「さぁさぁ、お姉さんになんでも相談だよ!」
ユウ達から冷めた目で見られているのを実感せず、メノは胸を張って手を差し伸べて来た。
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