楽しい美味しい手作りご飯

 ユウが後れ馳せながら、自分の作った料理を取り皿によそう。

 まず猪鍋の肉を箸で摘み、口に入れた。

 何故、この魔女の家には箸が、それも何膳もあるのだ。

 けして解答されない疑問だが、ユウもユウの仲間も、現実で慣れた食器なので食べるペースが淀みない。これはこれで良いところはある。

 ユウが、ふにゃりと自分の手料理に相貌を崩した。大蒜味噌の辛味が利いた猪肉の脂を、噛み締めて味を沁み出させている。

 野生の獣の肉は硬い。

 普段は三回も噛めば何でも飲み込むユウが、じっくりと食感を確かめながら何度も噛み柔らかくしている。【魔女】の歯と顎では、肉を噛み千切って断片に出来ないでいるのだ。

 ごくりと、体積は元のまま、ただ柔らかくして丸めた肉を大仰に嚥下した。

「おいひぃ」

 恍惚としているが、それはキミが作った料理だ。自画自賛だぞ。

 続いて、ユウは蜂蜜とマスタードがオリーブオイルによって混じり合ったソースが照り返しを見せる焼き肉に箸を伸ばす。

 此方は蜂蜜のお陰で肉の繊維がほぐされていて、ユウでも犬歯と根性を使って噛み切る事が出来た。肉の半分を小さな口一杯に押し込んで、ユウの頰が膨らんだ。

 そして、じわりと口に広がる甘くも脂と馴染んだソースに感激して、足をばたつかせた。

[くっ……魔女の恋人が食べてるところを見てたら、ますます食いたくなってきた……]

[捧餉じゃなくてもいい…せめて売ってくれ…]

[開店したら過労死するだろ、彼女]

[確かに、体力ないもんな]

[こいつら殺到するだろうしな]

[動画見て生殺しされるしかないんか…]

 まぁ、ユウと身近になる縁が持てなかった視聴者は御愁傷様だな。

「つむーの料理もなかなか旨いじゃんか。調味料に頼りきってるが」

「いい調味料を使えば、自然と料理は美味しくなるのよ」

「そ、そうなのですか!?」

 巧、お前はユウの真似はしない方が良いと思う。

 簡単に言っているが、調味料と食材を組み合わせた味を想像したり、調味料の配分を勘で決めたりと、言葉にしていなくて自分で意識もしていない部分で、絶妙な味付けをしているからな、ユウは。

 感覚で物事を熟している人間の発言は鵜呑みにするべきではない。

「じゃあ、私も不思議な調味料を使えば料理がうまく――」

「キャロさんは料理するのやめておきなさい」

「えー。そんなぁ。作ってあげますから、食べてくださいよ、紡岐さん♪」

 愛嬌を振る舞ってキャロがユウに楽しげに提案する。

「……だって、キャロさん、料理したことないでしょう?」

「ありますよっ! 得意料理はTKGです!」

[TKGは料理にカウントすんなよっwww]

[TKG?]

「卵(T)かけ(K)ご飯(G)。日本人が産み出したちょーおいしい食べ物だよ」

「目玉焼きって答えるよかひでぇwww」

 キャロよ、自信満々で熱も通さない、包丁も使わないような食事を得意料理に上げるな。

「ちなみに、そのご飯は自分で炊くの?」

「ママが炊いてくれます」

「……にゃー」

 料理のりの字も実践しないで胸を張るキャロに、ゆらがちょこんと両手を上げて鳴いた。文字通りお手上げだよ、本当に。

「ねーやんは、気が向くとやけに手の込んだもの作ってるよね」

「普段は料理しないからな。どうせ作るなら、普段食べないもん食いたいじゃん」

 セムはセムで、出来るけどやらない人間の典型だ。

 そして、ユウとセムが揃って、並んで猪肉を食べてにこにことしている悠と巧を見詰めた。

 そして二人して頷いて、問い掛けを自ら黙殺した。

 まぁ、間違いなく、可もなく不可もなくな腕前だと予想されるからな。

「紡岐さん、折角花の女神様もおられるのですし、エディブルフラワーが食べたいです」

「えでぃ……?」

 悠が次の機会に、と献立の要望を上げたが、聞き慣れない言葉にユウは舌っ足らずな声だけを返した。

[エディブルフラワー、文字通り食べれるお花ね]

[え、お花食べるの?]

「あー、桜とか菊とかみたいな?」

 ユウはコメントに流れて来た説明から、日本食で使われる物を思い浮かべたが、エディブルフラワーと言う場合は西洋の料理や花の種類を差す方が多い。

「紡岐さんの森の花を食うとか、なんかおかしなことが起こる気しかしないんやけど」

 ゆらが心底嫌そうに、呟いた。

 自堕落な仮想生活の為にユウに寄生してきた割には、信用がないというか、ある意味で信用しているというか。

 そしてゆらの発言に、ユウ以外の全員が今までの実績を思い浮かべて、一斉に疲れた様子で頭に手を置いて首を振った。

「な、なによっ!? 言いたいことがあるなら言いなさいよっ!?」

 言わなくても分かっている癖に喚くユウを、一同は生暖か目で愛でる。

「――フッ」

「なぁんっ!?」

 そしてセムだけが鼻で笑い、ユウが絶叫した。


 さて、皆の腹が粗方満たされた上で、まだ料理が二割程残っている頃に、其れはやって来た。

「やほー。母さん、いるー? あ、いい匂い。お腹空いたわ」

 OLのようにスーツドレスに身を包んだ未言巫女、慣れ足は、窓からするりと部屋に入って来た。

 ユウの手料理を見て、獲物を狙う鷹のような目付きになり、鳶のように速やかに猪肉のハニーマスタードソース掛けを指で摘まんで口にする。

「こら、ちゃんとお箸使いなさい」

「摘み食い常習犯の母さんにだけは言われたくない言葉ね」

 ユウの叱り付けに、軽口を返しつつも、慣れ足の未言巫女はユウの座る椅子の背後に回り、ユウが使っていた箸と器で猪鍋を取り分けた。立ったままそんな事をするので、ユウよりも少しばかり背の高い慣れ足の体が、ユウの背中から頭に掛けてのし掛かるようになる。

「慣れ足、ちょ、おーもーいー」

「母さんより大きいからねー」

 慣れ足は何がとは言わないが、けして彼女の其れは豊満とは言えず一般的なサイズだ。

「未言巫女って酒は飲めるんか?」

 すっかり此の場に馴染んだ慣れ足に向けて、セムがワインボトルを掲げて見せた。

「ん、んっ。飲める娘もいるけど、あたしはお酒弱いから遠慮するわ」

 親と違って、きちんと口の中の肉と野菜を飲み込んでから、慣れ足は返事をする。

「お酒飲めるのって、だれなんですかね?」

「にゅー。あ、滴合うさんとかは飲めそうな気が?」

「しづが飲むと見境なくなるから、飲ませないでね、二条」

 悠と巧が未言巫女を思い浮かべて考察を述べ、ユウの一言に悠がびくりと肩を跳ねさせた。

「ゆらさんは飲むぞー」

「ねーやんも飲むぞー」

「いいなぁ、紡岐さん、梅酒も作ってください」

「買ってこいではなく作れと申すか、キャロさん」

[いや、でも梅酒くらいなら手作りしそうだよな、この魔女の恋人]

[梅だけじゃなくて、桃とか李とかでも作りそう]

[そして、聞いたこともないものでも作りそう]

 話題がころころ変わるのも、酔って緩くなった頭では仕方がない……いや、普段からまともに一つの話題について落ちが付かない集団だったな、こやつら。

「昔、幻想酒の短歌ネプリに参加したことがあってですねー。水晶酒とか雪敷き菜酒とか考えましたね」

 ユウが数年前に参加した創作企画を懐かしそうに思い出す。

 ちなみに、雪敷き菜とは、雪中野菜とか越冬野菜とか呼ばれている物を未言で表現したものだ。

[短歌ネプリってなんぞ?]

「コンビニのネットプリントで短歌を誰でも印刷できるように公開するのが、短歌詠みのツイッターでずっとやられてるんよ」

 歌詠みの常識に疎い視聴者に答えたのはゆらだ。

 ネットプリントの登録番号を告知して読み手各自に作品を印刷してもらうという此の手の短歌企画も、随分と息が長い。平成の終わりにはノウハウが確立していたようだ。

「ごちそうさまでした」

 慣れ足が手を合わせた時には、テーブルの上の皿は全て空になっていた。

「で、慣れ足はなにしに来たの?」

 まだ酒を飲み続けるセムとゆらを放置して、ユウは空いた食器を流しへ運んでいく。

 慣れ足の未言巫女は、そんな今更の質問に、そうだったと用件を思い出す。

「なんかね、眞森が母さんに助けてほしいんだってさ」

「……眞森が?」

 思いもよらなかった名前が出て来て、丁度蛇口を捻ったタイミングだったユウが動きを止めた。

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