第81話 女装男子は、誰何する

 最早、足音を忍ばせて、などとは言ってられなかった。


 気付けば私もアルも走り出していた。

 書庫は角部屋になる。

 壁に沿って走り、曲がった。


 そこで。

 出くわした。


「誰だ」。

 アルが足を止め、誰何する。数メートル先にいる男たちが一斉に私たちを振り返った。反射的に左腰に手をあてるけれど、今日は剣を佩いていないことに気づいて焦る。そうだ。今日はドレス姿なのだ。目の前に立つアルを見ると、あいつだって剣を佩いていない。


「何をしている」

 アルがそう尋ねた時だ。

 松明を持っている男が、逆にこちらを伺うように腕を突き出した。そう眩しい灯ではなかったが、不躾に顔を照らされ、私もアルも顔を背ける。


「お前。ジェームズか? ジェームズ・ガルドン?」

 アルは手で庇を作り、そこから覗き見て呟いた。驚いて私は男たちを見る。

 6人。いや、7人いるだろうか。

 松明を持っているのは一人だ。そのほかに、ワイン瓶を持っている男が3人見える。


 その男たちの中央に。

 小柄な、ナマズ髭の男を見つけた。

 アルの言うとおり、ジェームズ・ガルドンだ。不意に名前を言われ、慄いたように目を見開いているが、すぐに両脇の男たちを見た。


「かまわん。火を放て」

 ジェームズの言葉に、男が一人、壁に向かってワイン瓶を投げつけた。その時、一気に風が吹き荒れ、胸が悪くなるほどの油の匂いが顔に吹き付けてくる。


 館に放火するつもりだ。

 気付いてぞっとした。

 この大風だ。館などすぐに燃える。


 今日、ここにはユリウス様と縁のある貴族や、商人がたくさんいるのだ。早く避難誘導せねば。大変なことになる。


 体から血が下がっていくような気持ちで、立ち尽くした。どうしよう。指の先も、足の先も冷たい。


 気付くと、数歩前にいたアルが私に並んだ。指先に何かが触れたと思うと、アルが私の手を強く握ってくれている。


「アル……」

 思わず呟いた時だ。松明を持つ男が身じろぎをした。

 油をまいた館の壁に、近づこうとしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る