第80話 女装男子は、不穏な気配に気づく

「ちょっとっ」

 私は小声で制ししたけれど、聞いちゃいない。ため息を吐き、私はアルと同じように窓枠に足をかける。


 いや、かけようとしてドレスが邪魔な事に気づいた。舌打ちし、むんずとドレスのふくらみを両手でつかむ。ぐい、と押し上げて、片手で桟に手を突き、勢いつけて飛び越えた。


「……お前、それで婿探しはないわ」

 外の芝生に無事着地した時に、アルの声が聞こえて顔を向ける。

 アルは茫然と私を見ていた。


「いいのよ。お婿さんの前ではしないから」

 そう言うと、鼻で嗤われた。

「危ないかもしれないから、広間に戻ってろ」 

 アルは私にそう言い、くるりと背を向けて静かに足音がした方に向かう。私は、「アル一人じゃ危ないでしょ」と文句を言いながら、その後に付き従った。


 アルはちらりと背後を見て私に何か言いたげな素振りを見せたが、結局あきらめたらしい。肩を竦めると、足音に極力注意を払いながら、さっき聞いた足音の方に向かう。


 暗い、庭だ。

 さっきまで薄暗いところにいたせいで、夜目には慣れていた。ちらりと空を見上げると、曇天だ。昼間は晴れていたのに、と首を傾げた時。


 大きく風が吹き起こった。

 アルの束ねた長髪が揺れ、私も手で髪を押さえつける。


 なるほど。

 この強い風で雲が集まり、月が隠れたらしい。


 私たちは書庫のあたりまで壁伝いにゆっくりと移動する。

 次第に。


 私たち以外の足音が聞こえ始めた。

 再び、唸るように庭園を風が吹き渡る。

 私は肩を竦め、風をやり過ごしながら。


 それに気づいた。


「……え?」

 思わず呟き、私は口を両手で押さえる。ちらりと振り返ったアルは、だけど咎めることはなかった。


 私と同じように、驚きと、そして焦りに似た表情をしている。

 というのも。


 風が運んできたのは。

 油と、何かが燃える匂いだったからだ。

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