第68話 女装男子は、無理をしている
「そうなの?」
目を瞬かせて尋ねてから、もう一度アルの方を見る。
伯爵令嬢Aに対して何か穏やかに話しかけているところだった。それに対し、伯爵令嬢Aは奥ゆかしく笑い、侍従の一人がからかうようにアルの顔を覗きこんでいる。
何と言っているのか、当然声は聞こえないが、アルが困ったように微笑み、それに対して伯爵令嬢Aが顔を赤くして顔を背け、伯爵令嬢Bが少し意地悪そうに二人に何か言っていた。
「……なにを無理してるって?」
私は目を細めてカラムを見上げる。今のところ、和やかにいちゃついているとしか見えないけれど。「いや、あれがですよ」。カラムは驚いてアルを指さし、無礼だと思ったのか、慌てて指を曲げた。
「本来、令嬢相手におべっかを言う人じゃないでしょ。暴言は吐きますけど、褒め言葉はいわないしね?」
「良くご存じで」
この短期間でよくアルの特性を掴んだな、と思ったら、カラムは盛大に顔を歪めた。
「わたし、『暴言に晒され要員』ですよ。殿下、人前で猫被ってるでしょ。オリビア嬢がケガで領主館に来られない間、ずーっとわたしが殿下の暴言に晒されてましたからねっ」
ああ、なるほど。カラムの前で一度猫皮を脱いでいるから、もう被らないでいいと思っているらしい。
「侍従団の前ではあんな風に、おだやかーな領主息子を演じてますけどね。不満がたまったら呼び出されて、別室でがんがん文句言われるんですよ、わたし」
「それは……」
お疲れ様ですと言いかけて、噴き出してしまった。目に浮かぶようだ。ストレスに荒れ狂うアルと、それにおろおろしながらも、結構うまくかわしているカラムの姿が。
「笑い事じゃないですよ」
困りきった顔を作ったものの、それでも数秒後には苦笑に似た笑みを浮かべてアルを見る。
「まぁ、あの方のお立場を考えれば、ねぇ。しんどいでしょうから。わたしがガス抜きになってもいいんです」
そう言ってから、わずかに息を吐いた。
「キャロルを殺害した犯人の情報も、逐一くださるんです。わたしにですよ?」
私はカラムを見る。カラムはうっすらと口元に悲しげな笑みを浮かべた。
「平民で、楽器弾きで、最後はキャロルの恋人でもなかった男に、律儀にあの殿下は捜査の進捗状況を教えてくださるんです。多分ね」
カラムは私を見た。
「その理由もあって、わたしを侍従団に引き入れてくれたんですよ。キャロルのことが一番にわかるように」
お優しい方です。そう言って、小さく肩を竦めた。
「ただ、表現が下手すぎるし、口が悪すぎるんですが」
「同感です」
私は笑い出す。その様子を見て、カラムはくすりと笑う。
「それでね」
カラムは更に私に体を近づけた。なんだろう。私も不思議に思って彼に近づく。
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