4章 落花流水
第63話 女装男子は、一ヶ月近く男装女子に会っていない
「もう無理。もう絶対無理」
壁にべたり、と張り付いて私は繰り返す。「無理無理無理無理」。呪詛の如く呟くと、エミリーが溜息混じりに冷たく言い放つ。
「今からが本番じゃないですか」
「無理無理無理無理無理無理」
壁に額を擦りつけ、ぐりぐりと左右に振る。耳につけたイヤリングがそれにそって揺れ、私の頬を軽く叩いた。叱咤激励されている気分になって、「はぁ」とうな垂れた。
自分のしたいことが出来ない、ということがこんなに苦痛だとは思わなかった。
「もうすぐ殿方が舞踏会会場に入ってこられます。壁ではなく、正面をお向きください」
エミリーの言葉に、無言で頷く。
そもそも。
そもそも、この舞踏会のための、昼だったのだ。
『今度、殿下が、アルフレッド坊ちゃんの侍従団披露のために、『狩り』と『舞踏会』を開くらしいよ』
お父様が私にそう言ったのは、傷がふさがって二週間ばかり経った頃だった。
その間は領主館にも行かず、ただただ部屋で傷の治療に専念していた私は、もちろん『舞踏会』ではなく、『狩り』の方に心が躍った。
『アルフレッド坊ちゃんには侍従団がいるから。君は、『舞踏会』参加者の方で』
お父様は可笑しそうに笑ってそう言い、私はあからさまにがっかりした。
だけど。
良く考えれば、『運命の相手』に会う、これはチャンスだ。舞踏会が私の狩場であると言っても過言ではない。
そう思って意気込んで参加の決意表明をしたものの。
舞踏会に参加するために、昼間行われる『狩り』の方にも参加したほうがいい、とエミリーが言い出した。
なんでも、『狩り』をする殿方を見て、あらかじめ目をつけておくのだそうだ。
『狩り』には、私以外にも淑女方が当然見学に来られているので、殿方が狩りをしている間、その淑女たちと情報交換をするらしい。そうでないと、意中の男が『被る』のだそうで……。
今までアルの隣で、『狩り』の方に参加していた身の私にとっては、「ほうほう」と興味深いことばかりで当初は珍しくて興味深かったものの……。
実際に参加してみれば、正直、全くつまらない。
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