第55話 男装女子と女装男子は、楽団員に誤解される

「ほら、押さえてろよっ」

「押さえてるわよっ」

 アルはまだぶつぶつと何か言っているけれど、くぐもりすぎて何を言ってるのか良くわからない。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ、と思いながらも、私が押さえている白布の上から布を巻いてくれた。ぶっきらぼうに「手、どけて」。そう言われ、そっと左手を離す。


 アルは私の右腕の脇の下を通して一巻きし、それから背中にまわしてもう一度傷の前に白布を回す。「いくぞ」。言われて頷くと、ぐい、と斜め上に引っ張り上げられた。思わず口から小声の悲鳴が漏れると、慄いたようにアルが「ごめん」と緩める。


「痛ぁ……。ごめん。気にしないで」

「悪い、もうちょっと優しくする」


「ううん。大丈夫だから。ありがとう」

「おい、なんでこんなに濡れてるわけ」


「さっき……」

 私が水桶を顎でしゃくる。水桶の中には、赤に染まった白布が沈んでいて、巧く絞れなかったことに気づいたらしい。別の白布を1本取り上げ、皮鎧の端まで押し込んでざっと水分をふき取り始めた。


「ちょっと奥まで入れて触るけど……」

「大丈夫。……あ」


「強引だったか?」

「ちょっとだけ……。でも、平気」


「どうすればいい? このままだと痛いだろ?」

「このまま続けてくれたらいいから。でも、もうちょっとゆっくり」


「初めてで力加減がわからん。痛かったら言えよ」

「うん。ありがとうね」


「あのぉ!」

 アルと会話をしていたら、衝立越しにカラムの大声が割って入った。


「傷の手当だって、分かってるんですけど! 分かってるんですけど、違うことに聞こえて……。わたし、席外した方がいいですか!?」

 意味が分からず、きょとんとしていたら、「やかましいっ!」と真っ赤になってアルが怒鳴り返した。


 私以外の誰かにこんな無作法な言葉をぶつけること自体が珍しく、唖然とアルを見上げていると、「そこにいろっ!」、「すぐそっち行く!」、「今度余計なこと言いやがったら、首を刎ねるからなっ」と次から次へと怒鳴りだす始末だ。その間も、手は止めず、多少乱雑ではあったけれど、ぐるぐると白布を右腕に巻きつけてくれた。

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