第51話 男装女子は、傷の手当てをする
「おおおお」
慄いたようにカラムは私を見、ひたすら「これは失礼」、「申し訳ない」、「世を忍ぶ仮の姿だったのだね」と訳のわからないことを口走った。
「衝立をあそこに」
カラムは白布を空いた椅子の上に置くと、ばたばたと足音を響かせながら棚の近くにあった蛇腹織りの衝立を持ち上げた。部屋の隅に斜めに衝立を立て、一つの椅子を中に入れてくれる。
「治療はここではできないから、ざっと血を拭い、白布を当て血を止めて」
水桶と白布も衝立の向こうにおいてくれて、カラムは私の元に再び戻り、そう伝えた。
「ありがとうございます」
私は小さく頭を下げ、アルの手を借りて立ち上がる。「自分で歩けるから」。立ち上がりだけ支えてもらい、私はアルにそう告げた。アルは深い青の瞳に揺らぎを見せたけれど、微かに頷いて私からそっと手を離した。
「『ルクトニアのバラ楽団』のヴァイオリニストだったな」
衝立の中に入って、椅子に座る。ほう、と息を吐くと、アルの声が聞こえてきた。カラムが「はい」と誇らしげに返事をする声が聞こえた。
「ソリストだったろう? 顔を覚えてる」
「それはまことに光栄です……っ」
カラムがわずかに声を震わせた。本当に光栄だと思っているらしい。なるほど、アルの顔見知りか。私は左手だけで上着のボタンを外し、捻るようにして上着を脱いだ。
時間が経つにつれ、動かせない、というほどの痛みはなくなってきた。慣れたのか、それとも痛みが変化しているのか。じくじくとした痛みは間断なく続くけれど、当初の引きつるような痛みは無い。ただ、熱感が痺れを伴って肩から額にまでかけて上ってくる。
脱いだ上着を床に放り、その下のシャツのボタンもイライラしながら外していく。存外、出血量があった。白いシャツの右半分が真紅に染まっている。
「稽古部屋に行こうとしたとき、夜の街で、殿下のお姿を一週間前に拝見しました。お声をかけようとしたのですが……」
カラムが静かにアルに話しかけている声が聞こえた。
私は左手だけでシャツを脱ぎ、上着の上にシャツを放る。恐る恐る右肩に視線を落とした。
「……うえ」
思わず呟く。
簡単に言うと、穴が空いていた。
長さ自体は小さい。親指の第一関節ぐらいだろうか。ずぼり、と短剣が刺さり、そして抜けたせいで切り傷というより、刺し傷になっている。
ただ、『刺さりっぱなし』というわけでもないし、『裂けた』というわけでもないので、傷跡自体は綺麗だ。血も止まっているらしい。右肩と脇にかけて真紅に染まっているが、端の方の血は乾いているのが見えた。
私は溜息をつき、白布の一枚を水桶に放り込む。
鎖骨から下は皮製の胴当てをつけていた。短剣をお腹に突かれたとしたら、怪我はしたろうが致命傷は防げたと思う。
ただ、胴当てのない肩や首は防ぎようが無い。
私はのろのろと水桶に手を伸ばし、白布を引き上げる。しまった。両手じゃないと絞れない。私はまた溜息をつき、片手でぎゅうと白布を握り締め、ある程度の水気を切る。
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