第46話 男装女子は、混乱する

「アル!!」

 男に突き飛ばされ、崩れそうになる膝裏に力を入れた。私を押しのけ、男がアルのほうに向かうのを見て、思わず名前を呼ぶ。ふくらはぎを踏ん張らせると長靴ブーツの踵が路地のタイルを噛んだ。転倒しかける寸前で、腰をひねって背後に向き直る。痛い。右肩が痛い。指先が痺れる。柄を左手に持ち直し、「アル!」と叫ぶ。


 目の前には、三人目の男の背中があった。

 私の肩を刺した短剣を持つ、あの男。

 その向こうに、アルの長身が見える。


 距離はどうだ。二人の距離はどうだ。短剣は届くのか。あの男の手はアルに届くのか。私を刺したあの短剣はアルを傷つけられるのか。


 だめだ、だめだ、だめだ、だめだ。

 私は左手に必死に力を込め、剣を振り上げる。重い。片手で振るには、剣が重い。持ち上げられたとしても、操作できない。


 いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。

 アルを傷つけないで。


 そう思った矢先。


 男が大きく体をのけぞらせた。

 私は中途半端に剣を振り上げた体勢のまま、驚いて男を見る。がつり、と重い音をたてて地面に転がったのは細長い皮製のケースだ。


 どうやら。

 大通りから誰かが男に向かって皮製ケースをぶつけたらしい。ケースは男の顔にぶつかり、男はしたたかに打った鼻を押さえて呻く。


 いまだ、と思うのに体が動かない。

 いや、動くのだけれど。

 どうすればいいのかわからない。

 アルを逃がす方が良いのか、それとも私がこの男に攻撃を加えるほうが良いのか。攻撃を加えるなら、方法は何だ。剣か、それとも。それとも、それとも。

 混乱した原因は、肩の痛みにもあった。

 思考に集中できない。しつこく、断続的に続く鈍い痛みに喚き散らしたい気分だ。


 そんな私の目の前で、男は片手で鼻を押さえ、片手に持った短剣をアルに向かって振り上げる。


「逃げて!」

 そう叫んだ私の前で、アルが男の間合いに入るのが見えた。

 素手なのだ。

 アルは私のように剣を佩いているわけではない。丸腰なのだ。


「アル!」

 肩から血が流れ出ているせいだけではなく、血が冷えた。アルが不用意に間合いに入ったからだろう。反射的に男の短剣を持つ手が前に突き出された。一瞬、男の影にアルが隠れる。私は息を飲む。


 刺された、と思った。

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