第42話 男装女子は、警戒する
「似たような路地が多くて……。別のところをウロウロしていましたよ」
少し禿げ上がりかけた額に浮かぶ汗をハンカチで拭い、ジェームズは口ひげを蓄えた口元を歪めてみせる。
「おお、今日もその首飾りをつけておられるのですね」
ジェームズは緑色の瞳をアルの首元の留めると、そう呟いた。
「ローラのことで、お話ができるんですよね?」
アルが首飾りを指で弄びながらジェームズを見下ろす。小男、というほどではないが、少しアルが腰をかがめなければ目が合わないようだ。
「ええ、そうなんです。通りに馬車を止めているんですよ。是非わたしの家に行きませんか?」
ジェームズは私とアルを交互に見てそう言った。屈託なく笑い、無邪気に「お茶ぐらい淹れますよ」という。
「いえ、結構」
私はアルが答えるより先に、低い声でジェームズの提案をはねつけた。あからさまに怪しい。
「婦女子に不埒なことはしませんよ。従者さん。貴方もついてくればいい」
ジェームズが心外だとばかりに両手を広げてそう言うが、私は首を横に振る。
「話ならここで出来るだろう。ローラについて何を知り、何が聞きたいんだ」
私が声音をかえてそう言うと、ジェームズが助けを求めるようにアルに視線を向ける。だが、アルもついて行く気はないらしい。にっこりと微笑むだけで無言だ。
「ローラがこの首飾りを贈った相手に心当たりはないか、とお尋ねでしたが」
ジェームズは諦めたのか、ふぅと息を吐く。
「わたしにはさっぱり。だいたい、わたしは失恋した身ですからね。相手の男のことなんて、知りたくも無かった」
そう言い、ジェームズは上目遣いに私とアルを見る。
「あなたがたは? 何かご存知ですか?」
ジェームズはそう尋ねつつ、アルの首飾りから眼を離さない。
ふと。
私もアルの姿に目を向けた。
ハイネックの水色のワンピースだ。この前はチュニックを着ていたが、今日も夜の街に出ても違和感がない程度のデザインの服を選んで着てはいる。
『街のはずれで、仕立て屋をしています』
ジェームズは最初、そう言っていた。
『供をお連れ、ということは、名のあるお方でしょうか』
当初、アルが一人だと思ってジェームズは気さくに声をかけ、それから私の姿を見て、そう言った。
頭の中で、ちらちらと警戒色に似た灯りが明滅する。
彼は、『仕立て屋』だ。
今もアルの首飾りに目が釘付けになっているジェームズを眺め、私は思う。
酔客や布地に疎い男達ならまだしも。
何故。
この男は、アルの着ている服の『値段』に気付かなかったのだろう。
チュニックやワンピースという形をとっていても、その生地は庶民が手を出せるようなものではない。
商売柄、布に触れる機会も見る機会もあるだろうに。
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