第28話 女装男子は、ちょっと不機嫌
「アルこそ、見合い話とかないの」
なんだか心の奥に衝撃を受けたまま、私はアルに尋ねる。十五の私ですら、あんなに見合い話が来るのだ。領主の息子で、十八で、となったら実はそんな話も進んでいるのではないだろうか。
「ない」
だけど、アルは断言する。
「嘘だぁ」
私は首をアルに向かって捩じる。そんなはずはない。「絶対、あるでしょ」。さらにそう言うと、顔をしかめた。
「父上のところにはいくつか話が入ってるって聞くけど、『まだ早いから』って断ってもらってる」
アルは抑揚のない声でそう言った。
「まだ早い?」
私は首を傾げた。男の子はそんなものなのだろうか。そういえば、お父様は、三〇を過ぎてお母様と結婚した。そう考えれば十八のアルはまだまだ若い。私は「そうね」と頷く。
「待っていればユリウス様とアレクシア様が、きっと良いお嬢さんを選んで下さるわ」
私がアルにそう言うと、じろりと睨まれた。
「父上は母上を自分で選んだ。おれだって、自分で選ぶ」
なんで機嫌悪いのよ、と思いながら、私は頷く。
「選べばいいじゃない。ユリウス様が何人か紹介してくださるわよ。その中で……」
「いや、そうじゃなくてさ」
舌打ちするアルに、私は眉根を寄せる。
「なによ。ユリウス様に何か不満でも?」
「うるせえよ、お前」
するり、と腕を抜かれた。拍子にバランスを崩し、私は上半身を揺らせてアルを見上げる。
「なによ」
「ユリウス様、ユリウス様、って。あのなぁ」
腰を屈め、私の顔に自分の顔を近づけて、アルは私を睨む。
「なによ」
私がそう言い返すと、アルはまた小さく舌打ちした。私の手を振り払って、ずんずんと歩きはじめる。
「ちょっとっ」
私は小声でアルに呼びかけるが、止まる気配はない。それどころか歩く速度をどんどんあげる。
何怒ってんのよ。
私は駆けだした。とにかく、アルに追いつかなくては。
そう思ったのに、アルは突然右に曲がり、店と店の間の路地に入り込んだ。私も慌てて右に曲がり、どん、と向かいから来た人にぶつかる。
「失礼しました」
私は咄嗟に声を上げる。すぐ目の前では、驚いたように両肘を上げて私を見降ろす男性がいた。
「申し訳ありません。急いでいたもので」
私は言葉を続けた。見た感じ、貴族ではないようだが、身なりは良い。癖の強い赤い髪と、顎の張った四角い顔が印象に残るまだ二十代と思しき男性だった。
「いえ、こちらこそ」
男性がそう言うので、私は「では失礼」と一礼をして、アルが身を潜ませた路地裏に飛び込んだ。
「……アルっ」
小さく、だけど低い声で私は路地裏に声をかける。
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