終章

エピローグ

 月日は流れ、幾度の季節が流れ。いつしかアリシエ、祖国シャニマでの日々よりハベルトで過ごした日々の方が長くなった。月日の流れに伴い、様々なものが変化していく。そんな中での出来事だった。


 五階建てになり、以前より大きくなった暁家の屋敷。その一室に、四人の大人が集まって眉間にシワを寄せていた。場の雰囲気はとても暗い。


「こういう、ことだったんだ。こういうこと、だったんだね」


 最初に沈黙を破ったのは明るい金髪に銀色の目をした黒人の男性、アリシエ。肩ほどまである外巻きの金髪は襟足で束ねられている。長い月日ですっかり年相応になったその顔からは、かつて見せていた笑みはない。


 彼の視線の先にあるのは、部屋の主を失ったベッド。乱れたままの布団は、そこにいたであろう人物の痕跡を示す。アリシエの手は乱れたままの布団と僅かなくぼみを残す枕に優しく触れた。


「何か気付いたのかい、アル?」


 アリシエに話しかけたのはショートヘアに切りそろえた黒髪と濃い青色の目を持つ中性的な顔立ちの女性、虹牙こうが。心配してはいるが、「人の心を読む」という不思議な力を持つ彼女はすでに、その何かに気付いていた。


「僕がにぃにと思ってたのは、ソニックだったんだ。にぃには、僕の息子だったんだ。大好きな大好きなソニックが! 僕のにぃにだったんだ」


 彼が無人の部屋を見て出した結論。それは、彼がかつてにぃにと慕っていた人物の正体が、自分の息子であった可能性。彼がそれに気付いたのには理由がある。


 この部屋の主が部屋から出た形跡がないのだ。昨晩のうちに用意していた着替えは手付かずのまま。起きている時は常備しているはずの双剣は枕元に置かれている。これは、普段ならば絶対にありえないこと。


 「神隠し」という言葉がぴったりだった。突然消えた部屋の主の行方はわからない。にも関わらずアリシエが部屋の主をソニックであると断定した理由。それは、容姿が原因だった。


「そっくりだった。成長すればするほどにぃにみたいになって。でも、気付かないようにしてた。だって、未来から過去に移動するなんて、非現実的だから」


 長い月日の間にアリシエから祖国シャニマの訛りは消えた。今では難しい言葉も意味を理解して話すことが出来る。頭脳が追いついたからこそ、受け入れたくないこともある。





 アリシエの言葉を聞いて言葉を飲み込む男性が一人。レイピアを装備した暗めの金髪をした男性、金牙きんがだ。強い光を宿す濃い青色の瞳は今も健在である。


 ソニックが生きていた時にすでに、ソニックがタイムワープしてきたことを確信していたただ一人の人物。それが金牙だった。アリシエの言葉が、「カラードの乱」が起きた年の自分に重なってしまう。


「非現実的ではあるが、それならアルウィスの話してた記憶と一致する。あいつは初めてアルウィスに会った時、アルのことを『父さん』と呼んだそうだからな。

 皮肉にも、あいつが陛下を庇って死んだおかげで陛下が心変わりし、弔いという形で始まった用語の撤廃が今や当たり前になりつつある。あいつが、ソニックがいなければ……この国は、変わらなかった。

 これじゃあいつは、この国を変えるためにタイムワープをさせられたみたいじゃないか」


 ソニックの死を無駄にしたくない。神威

やアリシエにそれなりの身分を与えたい。その一心で皇帝と戦闘貴族が動き、ハベルトの内政を変えた。彼ら黒人武芸者無くして、国は変わらなかっただろう。


 今では差別用語を使わないのが当たり前になり、人種差別を行うものは激減。かつて出歩くだけで攻撃の対象となった有色人種達は、「カラードの乱」を境に少しずつ、安全に外を歩けるようになった。今では差別の事実すら知らない者の方が多い。


「黒髪と濃い青色の目と黒い肌なんて、変な組み合わせだと思ってた。私が問い詰めた時、ソニックは困った様に嘘を並べた。嘘だとわかったけど、真実を心から読み取ることは出来なかったよ。

 あと、暁家の屋敷の仕事について知ってた。だから、誰にも仕事内容を聞かずに作業してたね。ソニックだとすれば全て辻褄があう。未来から来たなら、心が読めなくてもおかしくないからね」


 金牙の言葉に応えるように思い出を語ったのは虹牙。その目が潤んでいるのは、ソニックが息子である可能性を否定出来ないから。そして、そのソニックの末路を知ってしまっているから。


「どうして。どうして、あの子なんだろう? どうして、ソニックが、あんな目に――」

「虹牙、落ち着いて。正直、僕も悲しい。なんで神様は僕やソニックを選んだんだろう。そう、思わずにはいられないよ」


 ついに悲しみを抑えられなくなったのだろう。虹牙は両手で顔を覆い泣き始めてしまう。そんな虹牙を抱きしめて支えたのは、同じ悲しみを持つアリシエだった。





 虹牙もアリシエも、そしてソニックも神に選ばれたと言える。心を読む能力に「神の眼」と呼ばれる身体能力、さらにはタイムワープまで。この三人は普通ならば有り得ない非現実的な能力に巻きこまれてしまったのだから。


「もしそうだとすると、墓地に埋めたのは……」

「そういうことになるな。皮肉なことだ。非現実的な何かに巻きこまれ、骨となって未来に帰ってくるというのは」

「だとして、他の者達にどう伝えるんです? ただでさえソニックが行方不明になって心配してるのに、急に死んだと伝えるのもどうかと思いますが」


 悲しみに暮れるアリシエと虹牙に代わって今後のことに触れるのは銀牙ぎんがだった。肩より下まで伸ばした内巻きの銀髪に濃い青色の目をしているが、その顔や身体のあちこちに醜い傷跡が残っている。


 銀牙の言う「他の者達」とは、屋敷で暮らす子供達のことである。一緒に暮らしている身内が急に消えたとあって、子供達はかなり心配していた。そんな彼らに「ソニックは死んだ」と伝えるのは酷である。


「僕は、別に伝えてもいいと思うよ。僕なんか目の前でみんな死んじゃったから」

「アル、あなたの過去は普通ではありません。子供は本来、二十歳になるまで保護されるべき。それがハベルトの考え方です。あなたの経験は申し訳ないですが常識外れですよ」

「そうなの? でも、僕も目の前で死んじゃった時はさすがに堪えたな。記憶が飛んじゃうし変な人格が出来ちゃったし。あ、アルウィスは別だよ」

「すでに話に聞いてることを持ち出さなくてもいいです。当時のアルの心情はきっと、僕達には一生かかっても理解出来ないものですから。とりあえず行方不明のまま、捜索中としましょうか」


 アリシエの明らかに普通でない経験を常識外れと指摘し、今後の提案をする。だが虹牙は泣き崩れたまま動かず、金牙は黙ったまま俯いてしまう。アリシエに至っては首を傾げて考え込んでしまった。


「……やっぱり、ちゃんと言おう。必要なことは伝えなきゃ。伝える義務があるし、にぃにならそれを願うと思う。でも細かい部分は、もっと物事が分かるようになったら、にする。今言われても理解できないよ、昔の僕みたいにね」


 迷った末にアリシエが選んだのは、ソニックの死を素直に伝えること。決意をすると、泣いたままの虹牙に肩を貸して部屋から出ていく。金牙と銀牙がその後に続いた。





 四人の大人が向かったのは食堂だった。子供達が食堂で待っているからだ。子供達は大人達が食堂に入って来るのを確認すると、すぐにそれぞれの親に駆け寄る。


「父様。何が起きてるのか、僕達に教えて下さい。僕達、どんな結果でも受け止めるから。だから、お願い!」


 金牙に駆け寄ったのは、父親と同じ暗めの金髪に濃い青色の目をした白人の少年。名は星牙せいが、金牙の息子であり跡継ぎである。両手で分厚い本を抱えていることから、待っている間はその本を読んでいたと推測出来る。


「待ちくたびれたぞ、父ちゃん。難しいことはいいからさ、とっとと終わらせて稽古しよーぜ。早く槍を使いこなせるようになりてーの!」


 銀牙に駆け寄ったのは、焦げ茶色の髪に濃い青色の目をした色白の少年。名は狼牙ろうが、銀牙の息子であり星牙の護衛をすることが決まっている。待っている間に鍛錬をしていたのか、その手には木製の槍が握られている。


「パパー! にぃに、見つかった?」


 真っ先にアリシエに駆け寄って抱きついたのは、黒髪に濃い青色の目をした黒人の少年。名はアルケイン、虹牙とアリシエの子供でありソニックの弟。その言動は若き日のアリシエによく似ている。


「アル、落ち着きなさい。全くもう。あ、お母さん、お父さん。ソニック、見つかった? その様子だと見つかってなさそうね」


 アルケインの後を追うようにしてアリシエの所にやってきたのは、黒髪に銀色の目をした少し色黒の女性。名はアイリス、虹牙とアリシエの子供でありソニックの姉。彼女だけはこの中の誰よりも落ち着いていた。


 三人のアリシエの子供、アイリス、ソニック、アルケイン。この三人のうちアリシエと同じ「神の眼」を受け継いだのは長女のアイリスだけだった。


 子供達の反応に大人四人が顔を見合わせる。何から話し始めたらいいのかわからなかったのだ。だが、アリシエが苦笑いを浮かべる。その銀色の双眸そうぼうから涙が頬を伝って落ちていく。


「ごめんな。ソニックは、遠い所に行って、死んじゃったんだ。父さんが守れない遠い所で、人を守るために死んだんだよ」


 アリシエが淡々と告げる。タイムワープのことは遠い所とぼかして、死んだことを伝える。アリシエの言葉を聞き、真っ先に泣き出したのはソニックの姉弟にあたるアイリスとアルケインだった。二人から始まった涙はやがてその場にいる全員に次々と移っていく。


 その日、屋敷の住民は泣くことで一つになった。

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