17-2 新たな夫婦に祝福を
皇太子による皇帝継承権絡みの争いは、首謀者である皇太子の死亡をきっかけに一気に収束した。皇太子派だった者達は皆反逆罪で捕えられ、刑罰を与えられた。一連の騒動は「カラードの乱」として記録されることとなる。
皇帝リスレクトによる声明の発表を機に、皇国ハベルトは新たな局面を迎えようとしている。議会に貴族以外の国民を導入すること、有色人種の要職採用、見過ごされてきた奴隷達の解放など。事がひと段落したのは、「カラードの乱」が終わってから約五ヶ月後のことであった。
皇太子の葬儀は
暁家では一連の騒動で屋敷が損壊したのを好機として増築と改装を行っている。元々三階建てだった屋敷は五階建てになる予定で、現在は三階までが完成している。戦闘員も増え、今やその戦力は「カラードの乱」の時を超える。
ソニックの遺体は国全体の合同葬儀後に、暁家敷地内にある墓地に埋められた。磨かれた灰色の墓石には、「ソニック・アール・アカツキ」というソニックの正式な名前が刻まれている。アリシエは毎朝のようにこの墓の前に立ち、祈りを捧げている。
この五ヶ月の間に、皇帝の講じた政策とは別に様々なことが起きた。騒動時に
だがこの五ヶ月で一番大きな出来事は、本日これから行われる小さなイベントだろう。そのイベントはハベルト東都市ラクイアにある、ラクイア大聖堂にて行われることになっている。
ラクイア大聖堂はハベルトで最も有名な建物の一つである。大きな傾斜を持つ赤い屋根と、屋根についた銀色の球体が特徴だ。ハベルトに来たばかりの時に、アリシエとソニックが初めて戦った場所でもある。
内部に足を踏み入れれば、様々な色のガラスを組み合わせて出来た三枚のステンドグラスが客人を出迎える。両壁と一番奥に配置されているそのステンドグラスからは、太陽光が差し込んでいた。綺麗に磨かれた白い床には、反転したステンドグラスが映る。
奥には巨大なパイプオルガンが置かれている。左右に一列ずつ縦に並べられた長椅子は触れただけでギシギシと音を立てながら微かに揺れる。だが人が座っても問題ないだけの耐久性はある。
今日行われるイベントの参列者達はすでに長椅子に座って待機している。参列者は皆、礼服を身にまとっていた。金牙を含む戦闘貴族、アリシエを含む戦闘員、さらにダンや皇帝のような皇族までもが一ヶ所に集まっていた。
今日行われるイベント。それは、イ家元当主のテミンと葵陽家元当主の
参加者の中でも身内にあたる海音、皇族であるダンと皇帝、そして本日ダンの護衛を担当しているアリシエ。この三人が最前列右に座っている。最前列左にはテミンの身内の者が座っていた。それ以外の者達は、身分や名前に関係なく散らばって座る。
パイプオルガンによる演奏が始まると、テミンと海亞が聖堂の中央を並んで歩き始める。やがて二人はパイプオルガンの前に並んだ。テミンは逆立った金髪をオールバックにまとめ、緊張してるのかぎこちない笑顔を作る。海亞は白いウェディングドレスを身にまとい、その手には赤いバラで作られたブーケを持っている。
「ダン様。僕達っている意味あるの?」
「あるぞ。我らは結婚を祝福するのじゃ」
「結婚? 祝福? なぁに、それ? 食べ物のこと?」
これから式が始まるというのに、アリシエは隣にいたダンにのんきに話しかける。「結婚」というものを知らない。そんなアリシエに、ダンはアリシエとの文化の差を感じずにはいられない。
「夫婦になることじゃ」
「夫婦?」
「簡単に言えば、新しい家族になることじゃな。夫婦から子供が生まれて、家族が大きくなっていく。そういうものなのじゃ」
「子供を産む? 夫婦にならないと子供、産めないの?」
アリシエの質問に思わずダンはため息を吐いてしまう。ハベルトのように争いの少ない、生命の危機の少ない環境であれば学べたであろう。両親が生きていれば話を聞けただろう。だがアリシエはそのどちらも叶わなかった。
アリシエの両親は、今までの言動を見る限りではいない。生きてきた環境は戦場だったので、生存を優先する必要があった。それ故にこの手の知識がかなり欠落している。
「おいそこ、うるせぇぞ。こっちは緊張してんだよ。間の抜ける話すんな!」
「ひどい! 僕、本当にわかんないのに」
「安心しろ、お前んとこの主もわかってねぇからな。好きな女が出来りゃわかる。それ以上先は式が終わってからにしろ。気が散る」
「そうなるとよくないの?」
「失敗するわけにいかねぇんだよ!」
アリシエのあまりにズレた質問を聞いていたテミンがついに口を挟む。リンゴを思わせるほどに赤く染まった顔で反論するその姿は、とても先の戦いで貢献したとは思えない。
ハベルトの結婚式は少し変わっている。初めにパイプオルガンの伴奏で国歌斉唱。次に神父により祈りを捧げられ、夫婦は互いの右薬指に指輪をはめる。これが結婚式という名の儀式。
儀式が終わると新婦はバラの花のブーケを客席に投げる。新郎は装飾の施された飾り物の短剣を客席に投げる。これは儀式というより余興の一種に近い。
ブーケを受け取った女性、短剣を受け取った男性は近いうちに結婚出来る、という言い伝えがある。結婚出来なくても幸せな人生になるとされているため、このような余興を行う者は多い。
テミンと海亞の結婚式も通例通りに儀式を行い、余興に入る。だが二人の場合、その余興の行い方が少し違った。通常は客席に背を向けた状態で、客席に向かって乱雑に投げる。だがテミンと海亞は、それぞれが特定の人を選んで自分達の横に立たせることにしたのである。
テミンが選んだのは金髪に銀色の目をした黒人、アリシエ。状況が分からずキョロキョロと周囲を見回すアリシエの手を引いてパイプオルガンの前に移動。混乱しているアリシエの手に、飾り短剣を無理やり握らせる。
海亞が選んだのは金牙の隣にいた中性的な顔立ちの女性、
「あー、こっちの金髪はアリシエ・アール。先の騒動で活躍した一人だ。俺はアリシエにこそ、幸せになる権利があると思う。黒人とか関係なしに、な」
「私は虹牙を選ぶわ。ここにいるほとんどの人が、先の騒動でこの子に救われたもの。だから受け取ってちょうだい」
テミンと海亞の選択に、ラクイア大聖堂は拍手に包まれた。が、選ばれたアリシエと虹牙は気まずそうに互いの顔を見てばかり。心なしか虹牙の頬が少し赤くなっている程度。
困ったアリシエは何を思ったのか飾り短剣を鞘から引き抜く。そしてそれをステンドグラスから差し込む光にかざし、実際に使えるかどうかを確かめている。刃の特徴から短剣が模造刀の類であると知り、言葉を失ってしまった。
「いや、そういうものじゃねぇからな、お前」
「え、使えないの?」
「あー、そっか。お前、知らねぇのか。そいつは飾り短剣って言ってな、飾り物なんだよ」
「飾り物? 使わないのに、貰うの?」
「……今度時間見て説明するから、今は素直に受け取ってくれ。な?」
テミンが慌てて制するとあからさまに肩を落とすアリシエ。その光景に何故か、ラクイア大聖堂内は笑い声に包まれる。よくよく見れば、ラクイア大聖堂の中では「カラードの乱」以前では有り得ない光景が広がっている。
戦闘員を含む様々な身分の関係者が、肌色に関係なく笑い合っているのだ。最も、このような光景は今はハベルトの一部でしか見られない。しかし時が流れていけば、新たな政策が世に馴染めば、身分や人種に関係なく笑い合うことが当たり前になるのかもしれない。
「カラードの乱」を含む様々な出来事が落ち着いた今、皇国ハベルトは新たな世界の実現に一歩近付こうとしていた。
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