番外編2-3 純粋過ぎる君に焦がれ

 暁家の屋敷に「神の眼」がやってきた。私が頼まれたのは「二人の心の声を聞く」という、ただその場にいればこなせる仕事。あくまで使用人の一人として、私は金牙が助けたという二人の元奴隷に会った。


 部屋に入ってすぐに、迎えた客人の違和感に気付く。私にしか気付かない違和感だ。何って、「アル」も「ソニック」も聞こえてくる心の声がおかしかったんだから。


 まず「アル」の方は心の声が複雑で、異なるの声が聞こえてくる。それぞれの声がそれぞれ異なる意志を持っているみたいで。だから、一目見た時にすぐに理解した。「アル」は多重人格、三つの人格で構成されているんだと。


「この人、不思議だな。見ててすごく落ち着く。助けてくれた金牙って人の知り合いかな? なら、きっと味方だよね」


 「アリシエ」は年齢には不相応なほどだった。精神年齢はおそらく十二歳くらい。簡単に人を信用するクセに、殺意にだけは敏感な、よく言えば他人を信じやすい人格。


「助けてくれた金髪も怪しいが、この黒髪女も十分に怪しいな。いざって時は体術で切り抜けよう。俺はあくまでもソニックをここに連れてきただけだ。親父の伝言通りにハベルトの暁家に来ただけだ」


 「アルウィス」はアリシエとは逆に人を過剰に警戒していて、こちらを信じようとしない。すぐに察したよ。シャニマでこの子が生き抜けたのは、この「アルウィス」という人格がいたからだと。


「殺ず……全部、殺ず」

「てめぇは黙ってろ! アリシエに近付くな」


 「最後の一人」は狂っているように見えた。人を殺すことしか考えていない。生き残るために皆殺しをしようとしているような、そんな人格だ。この人格は、アルウィスによって止められ、アリシエから遠ざけられているらしい。





 三つの人格の心の声が入り混じる「アル」だけど、一つだけ変わらないものがある。どの人格も「心を隠そうとしない」。その後の行動も見ていたけど、アリシエにしてもアルウィスにしても、本音を隠したりしない素直な人だと思った。


 対するソニックはアルと真逆。心の声が驚くほど聞こえない。普通、何かしら思っていれば聞こえる。なのにソニックからはそれが聞こえない。でも何も考えていないわけでもない。ある意味異質な存在だった。


 でも一つわかる。この兄弟はおかしい。見た目からして両親が違う。言葉の訛り具合から察するに育った環境も違う。それでも何故か、アリシエはソニックのことを「にぃに」と慕っている。


「金牙。やはりおかしい。ソニックからは心の声が聞こえない。かと言って敵意も感じない。敵意があるならとっくに寝首を取りに来てるはずだ」

「僕も同じことを思った。『神の眼』の有無こそ違うが、同じ環境で育ったにしては武芸の実力も違い過ぎる。ソニックは黒人特有の身体能力の高さを


 二人が来た翌日の晩には、私は金牙と銀牙と共に書斎で頭を抱えていた。ソニックという存在が余りにも読めなくて。でも、アリシエだけはソニックを「兄」として慕っていて。怪しいとわかりきってるソニックを、アルがいるからと置いているような状態に近い。


 アルが逃げる条件は「にぃにと一緒」だったそうだ。電報を寄越した使用人から聞いた。そうとなれば、怪しいからとソニックに下手に手を出せば、アルの信頼が落ちる。アルは純粋だから、裏切りというものを知らない。


「あの目の色と肌の色から察するに、ソニックが暁家の者と黒人との間に出来た子供なのは間違いないだろう。だが、どんなに記録を遡っても、暁家の者が黒人と交流していた記録はないし、あってもソニックが生まれるより前」


 金牙はこの二日間で暁家に関する記録を全て調べた。分家の情報を全て暗記している金牙だから、頭の回転が速い金牙だからこそ出来る速さ。でも、その金牙が詰まるってことはよほどのこと。


「一つだけ、可能性がある。あまり考えたくない可能性だがな」


 金牙の声に、心臓の鼓動が早まった。





 金牙の目が私を見る。次に銀牙を見た。説明の仕方に困っていると、心の声が訴えている。


「虹牙の『心の声が聞こえる』能力。アルの『神の眼』と『多重人格』。にわかには信じられんが、実際に目の前に存在する『超現象』というものだ。多重人格についてはまだ判断しかねているが」


 なるほど。考えていたのは私が持つ能力について、か。あいにく、この能力を一番に恨んでいるのは私なんだけどな。こんな能力が無ければ、もう少し人を好意的に見れただろうに。


「ソニックも、その超現象の一人という可能性がある。心を読まれない能力か、違う地域からシャニマに飛ばされたのか。はたまた過去か未来からこの時代に飛ばされた、とかな。

 無論、何の根拠も無しにこんなことは言わない。そもそも虹牙が事がイレギュラーだ。故に、ソニックも超現象の被害を受けた一人と仮定して、様子を見よう。今はこれしか出来ん」


 金牙は基本的には「超現象」の類を信じない人間だ。私の能力は目撃するまで信じなかったし、私の男女どちらとも付かぬ身体も実際に見てようやく納得した。「神の眼」も、これから確かめるに違いない。


 口ではソニックも超現象の可能性があるとか言っているが、疑ってもいる。しかし敵であるという証拠も味方であるという証拠も、どちらも存在しない。敵味方をはっきりと断言出来ないソニックの存在は異質とも言える。


「虹牙。ソニックが妙な言動をしたら知らせろ。お前は銀牙より頭が回るからな。こういうのはお前の方が適任だ」

「了解」


 金牙は多くの課題を抱えた挙句、ソニックに対する疑念の払拭ふっしょくを私に一任した。逆に言えばようやく、一任するまで私を信用し始めたということでもある。





 金牙にソニックのことを任された数日後、私はアルと二人きりで会える時間を作り出した。ソニックがいると、初日のように止められる可能性があるから念の為に、訓練所で休憩をしている頃を見計らって接触を試みた。


「鍛錬はそなたもアルウィスも、どちらも行うのだね。そなたも戦えるのかい?」

「……うん。でも僕、戦うと止まらないの。確実に死んだってわかるまで攻撃しちゃうの。だから、アルウィスが代わりに戦ってくれてるんだ」


 アリシエは心の声と全く同じ言葉を私に返す。欠点を隠そうとしない。本音を隠すことも誤魔化すこともしない。このタイプの人間は初めて見る。普通ならば何かしら隠し事をするだろうに。


「で、何の用だ? 聞きてーことがあるならはっきり言わねーと、俺もアリシエもわかんねーぞ」


 こっちはアルウィス。いつの間にか入れ替わっていたようだ。こちらもやっぱり、心の声がそのまま現実の声となる。この素直さがアルの魅力であり欠点でもある。そう悟るまでそう時間はかからなかった。


 ソニックについて聞くならアルウィスが一番だ。アリシエのソニックに対する態度はだから。少しでも事情がわかりそうなアルウィスがこぼす言葉を聞くのが一番いい。


「そなたとソニックの見た目があまりにも違いすぎてね。育った環境が違うのかな、と」

「そうなんじゃね? むしろ、知りてーのはこっちの方だ。敵意がないから一緒にいるだけだし。まぁ、気がついたらアリシエがやけに慕っちまったんだけどな」

「そうか」

「ま、いいや。アリシエに戻るわ。もう昼だろ? 昼食べた後に皇帝様と遊ぶ約束をしてるんだとよ。早めに戻ってやらねーとな」


 アルウィスはアルウィスでアリシエを意識し過ぎている。おそらく彼が生まれたに起因するもの。アリシエがソニックを兄としてやけに慕うのは、それとは別のによるもの。


 心の声でもその背景については語ってくれない。隠すのが上手いというよりは「背景について思考することを避けている」といった感じだろうね。どちらのアルも隠し事は下手だから。


「ねぇ、虹牙。食堂まで連れていってくれる? 今日のお昼はドリアってやつなんだって。どんな食べ物なんだろう?」


 会って数日で、二人のアルの素直さにれた。けがれた隠し事をする人間にしか会ったことがなかった。でもアルは違う。どちらのアルも、私が中性的であることに関係なく、心から好意的に接してくれる。


 その純粋さが、けがれてしまった私には眩しく感じた。私はアリシエのように心からは笑えない。父親との一件を頭から消してしまえたならどれだけ楽だろう。あの一件以来心からは笑えなくなってしまった。私に出来るのは、微笑みを作って人に接することだけだ。あぁ、私もアリシエのようになれたならどれだけよかっただろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る