3-4 それぞれの隠し事

 炭のように黒い肌。そんな肌色とは対照的に明るく目立つ外巻きの金髪。だがそんな外見よりも目立つのはその目である。青みがかった銀色、というのだろうか。青空のような明るい青色と灰色が混ざったような色。だがその目は灰色ではなかった。


 金属の表面のように光を反射している。普通の目とは異なり、虹彩が光を反射しているのだ。そのせいか見る角度によって若干色が変わる。金属ではないのに金属光沢を持つ、世にも珍しい銀色の双眸そうぼう。それが「神の眼」と称されるアリシエの目であった。


「本当に不思議な目じゃのう」


 その目を見ていたダンが淡々と呟く。暁家の屋敷を訪れたダンは今、何故か客間でアリシエと向かい合っていた。アリシエの、この世に二人といない珍しい銀色の目をじっくりと観察しているのだ。


 しかし観察対象となったアリシエは、身体が接近するほど近くで人と接したことがないのか、窮屈そうだ。右に左にと視線を動かして逃げ場を探す。しかしダンに両手をしっかりと掴まれていて逃げ場がない。


「綺麗な目じゃ。これが『神の眼』というやつなのじゃな?」

「ダ、ダン様? お願い、離れて! それに『神の眼』って何?」

「この世に数えるほどしかいないとされる希少な眼のことじゃ。もしやお主……知らぬのか?」


 ダンの言葉にコクコクと何度も首を縦に振るアリシエ。それを見たダンは「ならば教えてやろう」と嬉しそうに告げる。その手はアリシエの手を離そうとすらしない。


「その目は、なんじゃ。この国にもその逸話いつわが伝わっておる。その銀色の目を持つ者は目が良いのじゃ。それも、ただ遠くまで見れるなどというものではないぞ。

 一瞬で多くのものを捉え、その距離感や動きを正確に知る。視界に映る僅かな変化も見逃さない。そんな目のことを言うそうじゃ。ハベルトに伝わる有名な武芸者もその眼を持っておった」


 自信満々に語ってみせるがアリシエは首を傾げる。自分の見ている景色が人と違うなんて思えないから。アリシエにとっては、自分の見ている光景こそが真実で、ほかと比較しようにも出来ないのである。


「そうなの?」

「我も詳しくは知らぬぞ。ハベルトで昔から語り継がれてきた伝説の眼じゃ。本当にそうなのかは本人にしか分からぬがのう。それに、目が良くても動けなければ意味が無いと、我は思う」


 どうやらダン自身も人伝に聞いただけのようだ。ダンの言いたい事はわかる。どんなに目が良くても、体が動かなければ何も変わらない。見えていても実際の行動に反映できなければ、その目は宝の持ち腐れでしかないのだ。


「じゃがな、珍しいその目があるからこそ、アルを探せたのじゃ。アルと今こうして、ここで会えているのじゃ」

「そんなに珍しいの?」

「そうじゃ。灰色の目ならおる。じゃがそのような銀色の目は、数えるほどしかいないのじゃよ。こうして近くで見てもやっぱり不思議じゃ」


 ダンは「珍しい」と「不思議」を何度も連呼する。それほどまでに希少な目。この目があったから、奴隷船から助けられたのかもしれない。アリシエはそう感じつつあった。


 出会ったばかりの金牙も「神の眼」のことに触れていた。今ならわかる。金牙は「神の眼」を目印にアリシエを探し出したのだ、と。もし銀色の目が無ければ……アリシエはそこまで考えてからその先を想像するのをやめた。




 ダンとアリシエが客間で話している頃のこと。金牙きんがの書斎にはソニックと虹牙こうがが集められていた。ダンとアリシエの所と違い、少し空気が重いのは話の内容のせいだろう。


「……という訳だ。銀牙ぎんがはしばらく戻って来ない。銀牙が帰るまでの間、虹牙には銀牙の務めていた事務系の仕事を、ソニックには銀牙の務めていた戦闘系の仕事を。それぞれ代理でお願いしたい」

「わかったよ、金牙。そなたに従おう」

「了解」


 虹牙とソニックは素直にその指示に従う。それは金牙に仕える身としては当たり前の行為。にもかかわらず金牙は疑問を抱いた。それはソニックの態度に対する違和感だ。


(ソニックはアルと同じ所から来たはずだよな。なのに何故、人に仕えることに慣れている?)


 アリシエとアルウィスの振る舞いを見ていれば、人に仕えるような環境ではなかったとわかる。なのに、同じ場所から来たはずのソニックはあっさりと仕えることに順応していた。


 人に仕えたことが無ければ出来ないことを、ソニックはいとも簡単にやっている。まるでかつて人に仕えたことがあるかのように。話し方一つ取ってもそうだ。ハベルトの上流階級で使われるような綺麗な発音をする。それは、昔からハベルトの上流階級に接していないと身につくはずのないもの。


 さらに決定的だったのは銀牙の代わりを指示した時に質問が無かったこと。まだ屋敷に来てそう日が経っていないのに銀牙の仕事を理解しているのは不自然過ぎる。まだ彼は銀牙の仕事の全てを見たことはないはずだというのに。


 暁家の仕事を部外者が知ってるはずがない。なぜなら、使用人や戦闘員の職務は仕える氏族によって変わるからだ。つまり、ソニックが銀牙の仕事を理解しているということは「何らかの形で暁家に存在した」ということになる。しかし金牙の記憶にある限り、ソニックという名の人物が暁家にいた記録はない。


「ソニック。仕事について質問はないのか?」

「屋敷の警備と金牙の護衛、だよね。うん、大丈夫」

「……お前は警備を知っているのか? あと、銀牙の仕事はどこで知ったんだ?」

「え? あー……虹牙に教えてもらったんだよ、さっき。屋敷の警備任された時に、ね」


 金牙が真剣な顔つきで問えば目線を逸らしながら言い逃れる。明らかに嘘だとわかるのだが、金牙はそれ以上追及しようとは思わなかった。それは宮殿を訪れたことで精神的に疲れたためだ。


 もう今日は何も考えたくない。それが金牙の心境。最後の気力を振り絞ってソニックと虹牙を書斎から追い出すと、すぐに机に突っ伏す。ダンのこと、ソニックのこと、ハベルトの今後のこと。考える事が多すぎて頭がおかしくなってしまいそうだった。





 金牙の書斎から出た虹牙とソニックは廊下を歩く。だがその足取りはどこか重い。それは先程の金牙との会話が原因である。虹牙もまた、金牙と同様にソニックの態度に違和感を感じていた。


どこで知ったんだい?」

「何が?」

「銀牙の仕事のこと。私はそなたに教えていない。だとしたら……そなたに教えた誰かがいるはずだろう? それも、暁家にいた誰かが、ね」


 虹牙の言葉にソニックの足が止まる。それにつられて虹牙の足も止まった。虹牙を見るソニックの顔が少し引きつっている。余程気まずいのだろう。心の声が聞ければ楽なのに、何故か虹牙にはソニックの心の声が聞こえない。


「初めて見た時から疑問だったんだ」

「何、が?」


 虹牙の言葉にソニックの身体がピクリとはねる。金牙だけでなく虹牙にも怪しまれている。それが想定外であった。それだけでなく、虹牙の見た目がソニックの心を掻き乱す。


「そなたのその目は、シャニマではあり得ない色なんだよ。私や金牙と同じこの濃い青色は……北国、特にハベルトの皇族の血筋に特徴的な目だからね。

 次に肌と髪。肌色はアルと同じ。でも髪はアルと違うね。両親のどちらかが黒髪なら普通、子も黒髪になる。だからきっと、そなたの両親はアルとは違う両親だ。違うかい?」

「つまり、何を、言いたいの?」


 ソニックの言葉が詰まる。声のトーンが高くなって掠れる。意識せずとも呼吸が速くなる。その黒檀の肌を汗が伝う。脈拍がやけに大きく、普段より明瞭に感じ取れた。虹牙の目を見ることが出来ない。


「そなた、アルの実の兄じゃないだろう。育ったのもシャニマじゃないね。ハベルトかどこかの上流階級で育ったはずだ。戦闘貴族みたいな、ね」


 シャニマはアリシエが住んでいた島国である。アリシエの話す言葉はそのシャニマの南方特有のなまりが残っていて。さらに金髪に黒褐色の肌という風変わりな容姿も、シャニマ独特のものであった。


 ソニックはハベルトなどの、シャニマではない国の血を引いている。言葉遣いからシャニマ以外で育ち、言葉を覚えたのだとわかる。さらに先程のやりとりでは、暁家の屋敷にいたことを連想させた。だからこその疑問だ。


「そなた、どうしてアルといた? 何のためにアルには『兄』と身分を偽った? そこだけがどうしても気になってね」


 ソニックは自分の心臓の鼓動がさらに速くなるのを感じた。脈拍に合わせて身体が揺れているような錯覚に陥る。荒くなった呼吸のせいか、その喉が笛のような甲高い音を立てる。


(しまった。やらかした)


 アル――アリシエとアルウィスとの関係について言及されるとは夢にも思ってもいなかった。さらに言えば、見た目だけで実の兄弟ではないと判明するのは想定外であった。ソニックの黒髪に黒い肌、濃い青色の目という容姿は見る人が見れば育ちがわかるものだったようだ。


 見る人が見ればわかる。そんな外見をしているだなんて夢にも思わなかった。濃い青色の目はどこにでもあるものだと思っていたし、肌色だけで誤魔化せると思っていた。考えが浅はかだったことを思い知らされる。


「あはは。まさかバレてるとは思わなかったな。うん、オイラはアルの実の兄じゃないんだ。血のつながりはあるけどね。少し離れた親戚って言うのかな。

 それでアルの父親に頼まれたんだ。アルのことを守ってくれって。ほら、アルはあんなに純粋でしょ? だから、なんだろうね」


 変に否定しても逆に怪しまれる。だから素直に認めて、咄嗟とっさに作り話をした。いつか何か聞かれるかもと思って、ハベルトに来てから考えた作り話だ。あまりにもわざとらしい話ではあるし、すぐに嘘だと思われる気がする。それでも話をしないよりはマシだと思った。


 虹牙は不思議そうに首を傾げるが納得はしてくれたらしい。それともソニックの嘘の言い訳に気付いた上で敢えてそれ以上聞くことをやめたのか。とにもかくにも、それ以上のものを尋ねようとはしなくなったのはソニックにとってはありがたい。





 場所は変わり、皇帝のいた公務のための部屋、謁見えっけん室。肘掛け椅子に座る皇帝の前にひざまずく人影が一つあった。皇帝は顔を白く薄い布で覆ったまま布越しにその人影を見る。人影は顔を上げ、布越しに皇帝の目を見つめていた。


「おそらくじゃが……を頼むことになるかもしれん」


 皇帝の言葉はかなり小さくて聞き取り辛い。だが皇帝の前でひざまずく人影の耳には確かに届いたようだ。人影はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。どうやら依頼をこなせる自信があるらしい。


「そのようなことが出来るのは我が葵陽きよう家だけでしょう。是非私達にお任せ下さい」


 皇帝の言葉を聞いても人影は笑みを崩さない。それどころか葵陽家の者であるらしいこの人影は、依頼を聞いても驚く様子すら見せなかった。皇帝に呼ばれた時点で何を依頼されるか察していたのだろうか。


「そなた達にはいつも損な役割を頼んでおるのう」

「仕方ないでしょう。そのような依頼に応えられるのは葵陽家のみ。暁が光なら私達葵陽は影でございます」

「期待しておるぞ」

「お任せ下さい。必ずや、お役に立ちましょう」


 シャンデリアが照らす室内で静かに静かにかわされる言葉達。その会話が少しだけ聞こえる所で、遠くから様子を見ている者が二人いた。彼らがいるのは謁見室の天井裏。天井のタイルの隙間から、護衛として様子を監視しているのだ。


「フィール様、どうするの?」

「んー? 何が?」

「作戦。実行する?」

「まだダメだよ。あれは最終手段だからねぇ。金牙様と陛下は反対するだろうし。それに……陛下が葵陽家を動かすなら、その動きを見てからでも遅くないだろう?」


 天井裏でも不穏な会話をする護衛達。その正体はクライアス家の当主フィールとその従者。どうやらフィールなる人物は何かを企んでいるらしい。そしてそれを躊躇ためらう理由の一つに、たった今行われたばかりの皇帝と人影の会話を挙げた。


「どうして?」

「葵陽家は、暗殺や諜報ちょうほうが得意な家柄だからだよ。皇帝様が葵陽家を動かすって事は、そろそろ本格的に動くと見ていいはずなんだよねぇ」

「家柄?」

「そう、家柄。僕の家は医学に精通しているだろう? 同じように、葵陽家は情報集めに、暁家は護衛に、それぞれ向いているってわけさ」


 その二人の会話は天井裏で静かにかわされているため、誰の耳にも入る事はない。フィールと呼ばれた人影は、少し間延びをした独特の話し方をしている。


「あーあ。早く金牙様に会いたいなぁ」


 仕事に飽きてしまったのだろうか。フィールは欠伸を手で隠しながら退屈そうに告げる。そして金牙を思い出してか舌で下唇を軽く舐める。その仕草には狂気じみた何かがあった。

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