ダメ姉は、受験勉強する(前編)

 高校生活最大にして、最強最悪のイベントと言えば何だろう?勿論人によって色んな意見があるだろうけれど……多くの高校生たちを苦しめるものの筆頭として挙げられるのは——やはり、大学受験じゃないだろうか。

 当然だけど高校受験以上に難易度は上がる。ただ闇雲に勉強するだけでなく、しっかり基礎を固めて得意分野を延ばし苦手分野の対策をしつつ、受験する大学や学科の傾向に合わせた小論文や面接などの勉強も並行してやらなきゃいけない。毎月のように行われる模試の結果に振り回され、周りの声にプレッシャーを感じ、それでもどうにかモチベーションを無理矢理保ちつつ、汗水垂らして勉強・勉強・また勉強の日々……


「…………つらい」


 そんな全国各地の高校生の声を代弁するように。今年大学受験を控えた私……立花マコは、深いため息と共に『つらい』の一言を吐き出していた。


「おーおー、まだ勉強始めて間も無いってのに、もうギブアップかいマコ?そんなんじゃ夢の大学生活も夢のままだぞー?」

「……仕方ないじゃん。私ってば元々勉強ギライなダメ人間なんだしさぁ」


 机に突っ伏してぐったりしていると。めい子叔母さんがノックも無しに勝手に部屋に入ってきて開口一番そう私をからかいに来た。いいよねー……受験勉強しなくていい大人は気楽でさぁ……


「随分とやつれてるなマコ。そんなに今回の模試の結果が悪かったのか?」

「うんにゃ……一応前回よりは良くなってたよ」

「ほほぅ?良くなってたなら良いじゃねぇか。ならなんでそんなに辛そうなんだよ?」

「いや……だってさぁ。もう受験まで1年を切ってるし。そのくせ未だC判定D判定との間で迷走中で、まだまだ合格ラインまで至ってないし。どれだけ勉強しても受かる気が全然しないし……」

「ふむふむ、なるほど。典型的で真っ当な受験生の悩みだねぇ」

「それに何よりも、受験勉強始めてから…………アレが……圧倒的に足りないのが……めちゃくちゃ辛くてさぁ……」

「ん?足りないって何が?マコの脳の容量がかい?」


 失礼なBBAだな……誰の頭が足りないって?


「違うって。日常生活において欠かせないアレの事だよ……ここまで言えば叔母さんもわかるでしょ」

「欠かせないもの……?なんだそれ?」

「生活の一部と言ってもいいアレの事だよ」

「って言われてもなぁ……水とか食料かい?でもそれは受験勉強と関係ないし、足りてないわけないだろが」

「やれやれ……ここまで言ってもわからないの?察しが悪いなぁ叔母さんは。仕方ない、答えを教えてあげるよ」

「何で上から目線なんだオメーは……いいからとっとと正解話せや」


 この地獄の受験勉強のせいで、格段に減ってしまったアレ……そうそれは——


「——愛する私の可愛い妹、コマとのキスが足りなくて辛いんだよ……ッ!!!」

「…………」


 そんな魂の叫びと共に慟哭する私。足りなくなったのは……他でもない。愛する人とのキス。そう。高校三年生になり、受験勉強を始めた私は……現在進行形で『コマとのキス欠乏症』に陥っていたのである。



 ◇ ◇ ◇



 それもこれも、三年生になってすぐの模試の結果が全ての原因だった。


『——大学でも絶対、二人一緒のところにしようねコマ!』

『はい、姉さま♪素敵な大学生活を二人で満喫しましょうね』


 高校三年生になり、進路希望調査を渡された私とコマ。小学校・中学校・高校と、今までずっと一緒だった私たちだ。大学に行くならば、当然一緒の学校に行きたい。同じ思いを抱えていた私たちは、満場一致で一緒の大学に行くと約束したんだけど……


『……あ。ところで姉さま。姉さまはどちらの大学を志望されますか?私は当然、姉さまが行きたいところに合わせるつもりですが』

『あ、それなんだけどねコマ。……高校受験の時はさ、コマは私の行きたい学校に合わせてくれたわけじゃない』

『あ、はい。そうでしたね。それがどうかなさいました?』

『うん、だから今回はさ……コマが行きたい学校を選んでよ!』

『え……?わ、私の行きたい学校……ですか?』

『うん、そう!今度は私が頑張る番!大学はコマの行きたい学校に合わせるよ!』

『で、ですが……私の志望校って……かなり大変かと……』

『大丈夫、だいじょーぶ!お姉ちゃんに任せなさい!』


 ……一応言っておくけれど。私だって勝算がないままにコマの志望校を目指すと言ったわけじゃない。完璧超人なコマと肩を並べられるようにと……中学、高校では苦手なりに頑張ってきたつもりだった。コマの手を借り、そしてコマとのご褒美を餌に死に物狂いで勉強して……期末試験で全科目満点を取った事だってあった。だからそれなりに学力は上がっていた……ハズだった。


 けれど……甘かった。コマとのキス並に大甘な考えだったとすぐに私はわからされた。


『…………E判定。合格の見込み20パーセント以下……?』


 大学受験。それも……他でもない才色兼備で学年主席のコマが目指している大学ともなれば……そう簡単にいくはずもなく。最初の模試はこれでもかと言うくらい惨敗だった私。その模試の結果を踏まえ、更に勉強量を増やして臨んだ次の模試も……やはりE判定から抜け出せず。悔しさと焦りから死に物狂いで勉強して挑んだ続く三度目の模試さえもやっぱり結果は変わらずで。


『……うぅ。また……E判定……これで三度目……』

『大丈夫ですよマコ姉さま。まだまだ時間はありますもの。確かに判定は一緒ですが。前々回、前回よりも結果は良くなっていますし』


 落ち込む私を励ましてくれるコマ。……ちなみに、そういうコマは三度の模試も全て文句なしのA判定だったりする。……これでも双子の姉妹なのに、この差は何なんだろうねホント……どんだけ私はダメなんだ……


 やばい……これはかつて無いくらいヤバいぞ……こんなんじゃコマと一緒のラブラブ大学生活は……


『それにね、姉さま。仮にこの大学がダメでも他のところを選べば良いだけの話じゃないですか。なんなら一緒に浪人しても——』

『それはダメ!コマの足は引っ張りたくない!何が何でもコマと一緒の大学に行くの!』

『姉さま……』


 そんな優しいコマの甘言につられる前に、誘惑に負ける前に。私は断ち切るようにそう言い放つ。高校受験の時でさえコマに甘えて私の学力に合わせて貰ったってのに……これから先の将来の進路が明確に決まるであろう大学受験にまでコマに合わせて貰うだなんて……コマの無限とも思える輝かしい進路を私のせいで狭めてしまうだなんて……そんなの私自身が許せない。


『…………受験生の勉強時間の平均は……平日5時間、休日8時間か…………って事は、やっぱり私、勉強時間が圧倒的に足りてないんだよね……睡眠時間とか家事の時間は……流石にこれ以上は削れないし……他のところでどうにか補わないと……』


 そんなこんなで模試の結果を踏まえ。どうにか勉強時間を確保するべく自分の生活スタイルを見直してみることにした私。自分が一体どういう一日を送っているのかを紙に書き出してみると……


『…………ふむふむ、なるほど。私ったらコマとキスするのに平日5時間。休日は8時間も使っているのか……』


 調べてみたらあらびっくり。私の一日の大半は、コマとのイチャイチャに使用されている事が判明した。ああ、うん。そりゃ勉強時間も足りないハズだよね。

 なるほど……つまりこれを勉強の時間にあてれば……


『そうとわかれば……やるしかないか。…………コマ!』

『あ、はい……今度はどうなさいましたか姉さま』

『……私も、覚悟を決めたよ。あのね、コマ』

『は、はい……』

『お姉ちゃんはここに宣言します!志望校に受かるまで…………コマとのキス、封印します!』

『…………え?』



 ◇ ◇ ◇



 と、まあそんなこんなで断腸の思いでコマとのチュー(+αえっちいこと)の時間を封印する事となった私。私にとっては死ぬほど辛い決断だったけれど、それなりに効果はあったようで。勉強時間が大幅増えた事で成績も上がり、E判定からなんとか脱却してD判定……調子が良い時はC判定を模試で叩き出せている。

 けど……けどね……!


「それでもコマとのキスがないと……辛い、辛すぎるんだよぉおおおお……!」

「…………」


 血の涙を流して叔母さんに訴える私。私にとってコマとのキスは日常生活の一部といっても良いもの。それを禁止するとか……自分で決めたルールとはいえ辛すぎるんだよなぁ……ああ、コマのキス……甘い甘いコマの唇が……恋しいよぉ……


「あー……ええっと。色々と突っ込みたいところはあるんだがなマコよ。とりあえず一つ言っても良いかい?」

「……なにさ叔母さん」

「確か今お前……コマとのキスを封印したって言ってたよな?」

「……そうだよ?だからそう言ってるじゃん……それがなに?」

「…………けどよ、その割におめーらさ……








。全然封印してなくね?キスが恋しいも何もなくね?」

「……???」


 ええっと……何言ってんだこの人は?


「いや、あれは普通に朝の挨拶とかだから。アレに関してはノーカンに決まってるじゃん」

「何がキス封印だ。十分してるじゃねーかキス」


 呆れた風に叔母さんはそんな事を吐き捨てる。はぁー……やれやれわかってないなぁこの人は。


「あのね叔母さん。知らないの?最低限一日三回はコマとチューしなきゃダメなんだよ私。それまで禁じるのは流石にダメでしょ。ご飯を食べるな、息を吸うなって言ってるようなものじゃない。もっとわかりやすく言うと、叔母さんに断酒しろって言ってるようなものじゃない」

「お前にとってコマとのキスはなんなんだよ……」


 私にとってのコマとのキス?食事以上に重要で且つ必要な栄養源ですが?これがなきゃ生きていけないレベルのものですが?

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